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5. プロローグ ⑤

 翌日、日が昇るよりも早く起きたファインは、昨日の汗と埃を流すために浴室へと直行した。服を脱いで姿見の前に立ってみると、体中に小さな傷跡ができていた。熱いお湯を頭から被ると、傷跡に水が染みてピリピリと痛んだ。


 シャワーから上がって髪を乾かしてから、ファインは再び自室へと戻った。そしてクローゼットの奥に仕舞われていた予備の隊服を引っ張り出し、厚手のインナーシャツの上からそれを羽織った。警察隊の冬服は濃緑を基調としたトレンチコートのような見た目であり、胸元には警察隊の紋章である三日月型の刺繍が施されている。


「集合は昼頃って言っていたけれど……」


 ファインは自分の机の上の時計をちらと見た。午前七時、明らかに出発にはまだ早い。しかし彼女は昨日の真相を一刻も早く聞きたいという思いで、そわそわと気分が落ち着かなかった。そのうち辛抱できなくなったファインは、台所に置いてあったパンを持って家の外に出た。そして、朝の爽やかな空気の満ちるシャロンの街を、ゆっくり散歩しながら歩くことに決めた。


 警察隊の屯所があるシャロンの中央通りには、毎朝大規模な市場が開かれていた。シャロンに住む農家や港の漁師などが即席の屋台にカラフルな果物や野菜、新鮮な魚、チーズ、燻製肉などを並べ、威勢のいい声で客を呼び込んでいる。ファインはこの活気に溢れた朝の風景を眺めるのが好きだった。彼女はふと肉屋の屋台を覗き込んで、表面を焦がしたベーコンの切り身を買い求めた。そして家から持ち出した堅いパンに乗せて齧りながら、屯所までの道のりをのんびりと歩いた。


 ファインが屯所の待機室に辿り着いてみると、そこには既にかなりの数の隊員が集まっていた。自分と同じく、昨日のことが気がかりだったのだろう――ファインは他の隊員たちの表情を眺めながらそんなことを思った。


 医療室で別れたネイドも、既にやって来ていた。彼は部屋の壁にもたれ掛かってコーヒーを飲みながら、近くに座っている若い隊員たちと何やら雑談を交わしていた。


「何の話をしているんです?」


 ファインは隊員たちに軽い会釈をしながら、ネイドたちの会話に割り込んだ。


「昨日の事件に関する推理ごっこ」


 ネイドはコーヒーに口を付けてから、長々と息を吐いた。


「君はどう思う? 昨晩の大爆発の原因について」


「そうですねえ……」ファインは頬に付いた傷を撫でながら言った。


「……こんな噂話を聞いたことがあります。あの宝物殿には大昔、戦乱の時代に作られた恐ろしい兵器や火薬の類が、今なお大量に隠されている、と。実はその噂は本当で、爆発の可能性のある兵器が大量に眠っていて、何かの拍子に目覚めさせてしまった……なんてシナリオはどうでしょう?」


「普段であれば一笑に付すような話だが」


 ネイドは小さく首を振って言った。


「あの爆発を見た後ではそんな噂も信じたくなってくるな。何しろ、とんでもない爆発だった。丘の下まで吹き飛ばされなかったのが奇跡のように思うよ」


 ネイドがそう言うと、周囲の隊員たちも同調するように頷いた。


「……しかし、俺はあえて別の可能性を推理しよう。例えばそうだな……ある日隊長の下に、宝物殿を爆破するという犯行予告が届いた。隊長は愉快犯の妄言だろうと真面に取り合わなかったが、しかし万が一ということもあるから、俺たちを予告のあった日時に宝物殿へと召集した。ところがその犯行声明は本物で、宝物殿は無残にも焼け落ちてしまった……」


「なるほど、一理あります」


 ファインは感心の眼差しをネイドに向けた。


「しかしそれでは、何のために犯人は宝物殿なんかを爆破したのでしょう。それこそ、大したものなんて入っていないはずなのに」


「さあね」ネイドはわざとらしく肩を竦めた。「爆弾魔の考えなんて、素人には理解できるもんじゃないだろうよ。……おっと、早くも答え合わせの時間が来たようだ」


 がらりと扉を開ける音が鳴って、クリエンツェの巨体が待機室の中に姿を現した。彼は脇に厚い書類の束を抱えていた。彼は中央の演説台の前に立つと、書類をどさりと台の上に広げ、部屋中の隊員たちを睨むように眺めた。


「さて……恐らく皆、爆発のことについて聞きたがっていることと思う」


 クリエンツェの言葉に、隊員たちは無言で頷いた。


「私は君たちに謝罪をしなければならない。私としても、これほどの大事になるとは考えていなかったのでな。……実は昨日、役所の方から急に連絡が入ったのだ――夜間に宝物殿内の整理活動を行うから、防犯上の都合で警察隊に周辺を固めてもらいたい、とな。私はこれを快く引き受けて、君たちに宝物殿前への集合を命じたというわけだ。君たちは私の命令通りにあの場に集合し、そして突然の爆発に巻き込まれた」


「爆発の原因は何だったのでしょう」演説台の近くに座っていた隊員の一人が尋ねた。


「詳しい原因については調査中だ。今消防隊が宝物殿の中を調べている。しかし……」


 クリエンツェは手元の紙の束をパラパラと捲り、それからゴホンと咳払いをした。


「今日の朝、役所の方から説明があった。宝物殿の中には古い時代の重火器や大砲の火薬が一定数残されており、整理作業の途中で不幸にも引火したのだろうと……」


 彼の言葉に、待機室の中の空気は俄かにざわついた。


「ということは、あの爆発当時に宝物殿の中に人がいたということですか?」


 若い隊員が引きつった表情で尋ねると、クリエンツェは重々しい表情で頷いた。


「その時には、役所からやってきた管理部のクラウス・マネという女性と、彼女の部下という人物が内部で作業をしていた。君たちが集合するよりも前に、私は彼女たちが宝物殿の内部に入っていくのを見送っている。クラウスの方は、爆発の衝撃で外に放り出されたのか、近くの森の中で意識を失って倒れていた。現在聖シャングトリネ病院に搬送されているが、命に別状はないようだ。……しかし、彼女の部下という人物は今のところ行方不明だ。これも、消防隊が宝物殿の焼け跡を捜索している」


 途端に物々しい雰囲気が待機室の中を満たした。ファインは怪訝な表情を浮かべながら、生唾をごくりと飲んだ。クリエンツェは再び隊員たちを見回し、深く溜息を吐いた。


「……今回の事は、不幸な事件だった。私の確認と説明不足で、君たちを危険な目に遭わせたことについては大変申し訳なく思っている。それと、昨晩消火活動に協力してくれた人たちには改めて感謝を言いたい。私からの報告は以上だ」


 クリエンツェはそう言って壇上から降りると、資料を再び脇に抱えて部屋から出ていった。彼がその場を去ると、待機室は嵐の後のように静かになった。


「どう思います?」


 ファインは横目にネイドを見ながら尋ねた。ネイドはコーヒーの残りをグイっと飲み干すと、煙草を吹かすように息を吐いた。


「違和感のない説明だな」


 ネイドはその言葉とは裏腹に、明らかに不満げな表情を浮かべていた。ファインは若干煽るような表情でネイドの目を見ながら、


「……もしかして、推理が外れたことを気にしているんですか?」


と尋ねた。


「まさか!」


 ネイドは大口を開けて笑った。


「そんなことで一々落ち込みはしないよ。……まあいいや。今回の推理対決は君の勝ちということにしておこう」


 ネイドはそう言ってファインの肩をポンポンと叩くと、ゆらゆらと手を振りながら部屋の外へと出ていった。


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