3. プロローグ ③
突然、二人の視界が白色に染まった。
光。輝き。白い光の濁流。それから、炸裂音――ファインの視覚と聴覚を、爆発のような衝撃が襲った。驚く間もなく、引き続いて凄まじい突風と重低音。高熱を帯びた猛烈な爆風が、瞬く間に二人の歩いていた坂道を薙ぎ払った。
ファインとネイドは殆ど無意識のうちに、腰に携えた剣を抜刀していた。本能のままに剣先を地面へと突き刺し、前屈みになって吹き荒ぶ風から身を守った。岩、木の枝、何かの金属片……様々な飛来物が二人の全身に襲いかかった。体中に物が掠り、ぶつかり、突き刺さる。制服は引き裂かれ、肌は酷く傷つき、切り傷からは赤い血が噴き出た。しかし、動揺と混乱で目を白黒させている二人には、痛みを感じる余裕さえなかった。
上方から飛んでくる物の数が減ってくると同時に、謎の眩い光は段々とその勢いを弱め、ファインは辛うじて細めた目で前方を見ることができるようになった――彼女は薄れていく光と次第に戻りつつある夜の闇の中に、激しく炎を巻き上げながら燃える宝物殿の影を見た。
「……何? 一体、何!」
ファインは掠れた声で叫んだ。手で自分の顔を拭うと、生暖かい感覚が手の甲に伝わった。飛んできた木の枝か何かで肌を切ったのだろう。しかしそんな些細なことは、彼女にとってどうでもよかった――宝物殿が燃えている。満天の星空を背景に、赤い炎を吹き上げながら燃えている!
「なんてこった」
ようやく状況を把握したネイドは、途方に暮れたような声を上げた。二人は鬼気迫る表情で互いの目を見て頷くと、猛然と坂道を駆け上がり始めた。
「何があったんでしょうか!」
「知らん! 急ぐぞ! 何より、隊長たちが気がかりだ!」
二人は闇の中を風の様に疾走し、燃え上がる宝物殿を目指した。その道中は険しかった。幾本もの倒木や、岩や土砂の崩落などが二人の行く手を強固に阻んだ。すっかり様相の変わった坂道の様子から、二人は先程の爆発の凄まじさを実感するとともに、恐らく自分たちよりも早く到着しているであろう同僚たちの安否が、ますます気掛かりになっていった。
数分を掛けて二人が辿り着いた宝物殿の前では、風に揺らぐ赤い炎を背景にして、多くの人間の怒号や困惑の叫び声が飛び交っていた。ファインは右往左往する人影の中から、周囲に檄を飛ばしている長身の男を見つけると、
「クリエンツェ隊長!」
と大声を張り上げた。男はその声に機敏に反応して振り返り、その深刻そうな眼をネイドとファインの両名へと向けた。
「ああ! 君たち、大丈夫だったかね?」
クリエンツェは、走ってきたせいで息の荒い二人の肩を荒っぽくバシバシ叩いて尋ねた。
「隊長こそ……大丈夫ですか? 顔が血まみれです」
ファインには自分を心配しているクリエンツェの方が、自分より明らかに重症に見えた。額から血を流し、炎に照らされている彼の顔は、戦争帰りの兵士のような凄まじい雰囲気を醸していた。しかしクリエンツェは苦笑いを浮かべながら首を振ると、
「私は大丈夫だ。……危ういところだったがね。それより、他の奴らを加勢してやってくれないか? さっさと火を消し止めなきゃならん」
と、燃え上がる宝物殿の方を向いてそう言った。
荒れ狂う炎を中心に、黒い人影が数えきれないほどに走り回っているが、その内幾人かは水の入ったバケツを抱え、火の壁と化した宝物殿の外壁へと水を投げ込んでいた。放物線を描いてまき散らされた水は熱された石壁にぶつかり、ジュッという音を立てて白煙を吹き上げた。
「近くの古城跡にある博物館から水を運んでいる……まさに焼け石に水といったところだが。消防隊が丘を上ってくるまでの気休めだ」
「何もしないよりはマシでしょう。ネイドさん、手伝いましょう!」
ネイドはファインの言葉に頷いた。二人は博物館の方向へと、再び疾走を開始した。
博物館の正面もまた、宝物殿の前に負けず劣らず混沌としていた。多くの人々が落ち着きなく動き回っており、博物館の職員と思しき人間は血相を変えて建物の中を出たり入ったりしていた。
正面玄関にある大きな噴水から水を汲みだし、宝物殿まで駆けていく一団を見つけると、二人は彼らに加勢した。ファインは並々と水が入ったブリキのバケツを手に、闇の中の悪路を走った。水運びの人々の中には、ファイン達と同じく招集を受けていた他の警察隊の隊員も混じっているようで、ファインは濃緑色の服を着た人間と幾度となくすれ違った。
「一体何が起こったんです?」
ファインが並走していた同僚の男に尋ねると、彼は走りながら首を横に振って、
「さっぱり分からん! 宝物殿の入口近くに立ってたら、いきなり吹っ飛ばされたんだ!」
と叫ぶように答えた。