13. 星の回路 ①
「僕も君も生まれるずっと前の話だ。ハルトバイネという一人の若者がいた。彼はある日、険しい山の中を歩いていた時に、奇妙な石を発見した。それは白く、ぼんやりと輝く石で、鉱物に詳しかった彼でさえ見たことのない見た目をしていた。不思議な魅力を感じた彼は自宅にそれを持ち帰り、何かに取り付かれたようにその石の研究を始めた――後に彼はその石を、全ての始まりとなる石、『祖石』と命名した。まあ、現代の我々には『カンバス・ストーン』という呼び名が一般的だがね」
ラークはカップを机に置いてゆっくりと立ち上がると、壁際の飾り棚の方へと歩いて行った。彼はどこから取り出したか厚手の皮手袋を両手に嵌め、棚のガラス戸を静かに開いて小さな木箱を一つ中から取り出した。彼は再びファインの前に座ると、木箱の蓋を勿体ぶるようにゆっくりと開いた。ファインが覗き込むようにその中を見ると、綿に包まれた真っ白な石が一つ、博物館の展示物のように収められていた。
「これがその、祖石の現物だ。今はもう、世界の何所を探しても殆ど発掘できない貴重品だ」
「綺麗……」
ファインは思わず嘆息を漏らしたけれども、直ぐにラークはその蓋をピシャリと閉じた。
「この石とハルトバイネの出会いは、正に運命的であると言っていい。ハルトバイネの長年に渡る不眠不休の研究は、その石に隠された不思議な性質を発見するに至った。その力とは、『人間のエネルギーを吸い上げ、別のエネルギーの形へと変化させる』というものだ。それは例えるなら、運動エネルギーが電気へと変わり、光が熱に変わり、あるいは熱が音に変わるようなものだ。人間の持つ生体エネルギーとでもいうべき力をこの石は吸収し、多種多様な変化を生み出すのさ」
「変化って、どんな?」
「色々だ。黎明期であるハルトバイネの時代では、非常に単純な変化しか実現できなかった。熱を発する、光を発する、変な音が出る、その程度さ。しかしハルトバイネとその弟子たちは類まれなる探求心を発揮して、祖石の実用化を目指した。そして……」
ラークは一旦言葉を切った。ファインはごくりと息を飲んだ。
「……ある時弟子の一人が、祖石を並べて金属の糸で結び付けると、より強力な、そしてより多様な変化を生み出しうることに気が付いた。祖石と金属、そしてエネルギー源である人体を繋いだ一連の回路を……我々は『星の回路』と呼んでいる」
「星の回路……」
ファインはその単語を反芻するように呟いた。その名前の意味は分からなかったけれど、ちょっとミステリアスな響きだと彼女は純粋にそう思った。そして頭の中に言葉を反復させている内に、彼女は不意にひらめきを覚えて、はっと息を飲んだ。
「ええと、もしかして、あなたがそんな話をしているのは、例の『茜の雪』とかいう遺物も、あなたの言う星の回路の一つだから?」
「察しがいいのは助かる」ラークはニヤリと笑ってそう言った。
「『茜の雪』は、一見するとただの茶色っぽいコートだが、その内部に星の回路が織り込まれている。そのコートは着るものの生体エネルギーと引き換えに、炎を操る能力を与える。炎を操れるとどんなことができるかと言えば……君もその結果は知っていることだろう」
ファインの脳裏に、閃光と爆風に苛まれた夜の記憶が蘇ってきた。全身を襲う熱風、闇夜を飛び交う建物の残骸……。それがしかし、大砲や重火器、樽一杯の火薬ではなく、あの小さな石によって引き起こされたというのか――ファインは心の整理が付かず、困惑した表情を浮かべていた。
「そんなものが存在するなんて、ちょっと信じられません。星の回路……噂でさえも聞いたことがない……」
彼女の言葉にラークはフン、と鼻息を鳴らした。
「君たちが知らないのも無理はない。ある時を境に、星の回路の技術や知識は、時の権力者たちによって秘匿され始めた。理由は簡単だ。そんな手軽に超人になれるような代物が世間に流行すれば、瞬く間に混沌と戦乱の時代の始まりだ。平和の維持のために、星の回路の情報は徹底的に伏せられ続けた。今となっては、星の回路の知識は極々限られた人間にだけ共有されるようになっている」
ラークは再び言葉を切って、再び自分の空のカップに珈琲を注ぎ入れた。カップから立ち上る白い湯気が、その部屋のうすら寒さを強調するように揺らいだ。壁に掛かった柱時計の針が十二時を指し示すと、ボーンという鈍い音が部屋の中に響いた。それと同時に、遠方の教会が鳴らす鐘の音が、崖の下の潮騒と混ざりながらファインの耳に届いた。