5話 嗅いで候え
「ぷぅ~。ぷっ、ぷっ…ブリ…」
白菜が下水道の中で発酵したような、エゲツない匂いに耐えきれず、小坊主さん事私、楽念は和尚様に質問を投げかけます。
「和尚様、なぜ集中が途切れた時に警策ではなく放屁なのでしょうか?」
「これ、楽念、楽をして答えを聞こうとするのは『ノンノン』…何事も修行じゃぞ…」
『なるほど、これも修行の一環と思いたいのは山々なのでございますが、私が気になっておりますのは和尚様の放屁の最後の『ブリ』という音でございます…』と喉まで出かかっているのですが、そこは触れては行けない禁断のサンクチュアリのような気がして思いとどまります。
弟子として人として…
「楽念…修行は続けておくのじゃぞ…私はこれから雪隠に行くからの…」
『ほっほっほ、このタイミングで和尚様がトイレに行かれる…では最後の音は…やはり実!…今日の洗濯当番の幸念さん…ファイト!』と思いながら、小坊主さんこと私、楽念は修行を続けます。
ここ『楽楽寺』の本堂は普通のお寺さまと異なり床暖房となっております。今、生ぐさ坊主と思われて方、おられますよね。
『ノンノン…喝でございます!…』
我らお坊さんの本来の目的は『生きとし生けるものの幸せと旅立たれた方の安寧を祈ること』でございます。
その我れが本堂の床の冷たさで読経に集中出来ず、祈りに集中できなければそれこそ本末転倒の事でございます。故に私は泣く泣く、床暖房のスイッチを押すのでございます。すると和尚様の声が聞こえてきます。
「これ、楽念…楽念…夕飯の買い出し…」
「はい、喜んで…」
小坊主さんこと私、楽念は和尚様の依頼に食い気味で返事を行うと急いで作務衣からジャージに着替え、カープ帽を被り『寒いから「ちゃんちゃんこ」っと』と思いつつ支度を整え『楽楽寺』を後にします。
お釣りがお小遣いとして頂けるため、私こと楽念、いつものように足取りは鳥のように軽やかです。
「るん、るん、やぁほーい、るん、るん…」
私こと、楽念は『楽楽寺』から歩いて20分に位置するスーパーマーケット『ベラク』へと向います。すると暗がりの路地より
「おい…お前、浮気してただろ…おい…」
「新地…お願い…殴らないで…もう浮気しないから…お願い…」
『むむむ…これは十代のヤンキーと思わしき男女の痴話喧嘩に遭遇してしまうとは…ここは避けて通ろう……『はぁ』…しょうがないですね…私も御仏にお使えする身…』
「これ、そこの男性、女性がこんなにも嫌がっているではないですか…」
と小坊主さん事私、楽念は男性に近づいていき50cmまでの距離となった時にそれは起こったのでした。
「ボス…」
『いきなり、ボディですか。いいパンチもっているじゃないですか…』と思っておりますとその男、今度は女性に対し足蹴を行い始めましたので、小坊主さん事、私楽念は女性を包み込むように庇い男性の蹴りを受け続けます。
『私は道路の石、私を蹴ることで気を晴らしなさい…』と思いながら女性を庇っておりますと小林巡査長が駆けつけて来ました…
「こら!何をしておるか!」
私を蹴っていた男性は
「やばい!ほら、いつまで座っているんだ明美!お前もこい。俺にはお前が必要だ!」
「うん!わかった。この『団子』をどけて…」
『団子ですか…』小坊主さん事、私楽念は身体の痛みよりも、あんな女性を庇った自分の愚かさに心を砕かれて、小林巡査長に連れられるままに『楽楽寺』へと戻ります。
ボロ雑巾のような姿の私を見ると和尚様は何も言わずに私を迎え入れ、熱い風呂に入るよう勧めて下さり、お風呂の後に部屋に来るよう言付かります。
「和尚様、楽念です。お部屋に入らせていただきます…」
小坊主様こと私楽念は和尚様の部屋に入り座布団の上に座ると、これまでの事情を説明していきます。
「これ、楽念、お主はその女性が直ぐに誤って来たら許せるのか?」
「はい、直ぐなら許すことができます…」
「では、3ヶ月後は許すことができないか?」
「3ヶ月も経っては許すことができません。私を『団子』と罵ったのですよ…」
和尚様は姿勢を但し私、楽念が勝手に呼んでいる『スーパー和尚モード』となると
「楽念、我らは御仏にお使えしておるな…」
「はい、和尚様…」
「御仏にとっては我々の一生は束の間のひと時のこと、お主は直ぐに謝ろうが、3ヶ月後に謝ろうが束の間のひと時の事と思えないか?」
「……」
「人は直ぐに反省が行える者、数年後に気づく者、最後の瞬間に気づく者、人それぞれだが、必ず反省を行う…」
「ならば、御仏にお使えする我々からすれば全ての者は束の間に反省することになる。食べれば出る放屁のごとく、当たり前のことのように許してお上げなさい…」
そういうと和尚様は徐ろに尻を私に向け
「ぷぅ~、ぷっ…ぷっ…ブリ…ブリリ…」
『和尚様、実はノンノンですよ…』と芳醇な白菜が発酵した香りが充満する部屋の中で、小坊主さん事、私楽念は少し成長するのでした。