2話 ラーメンを愛する者達へ送る『喝!』でございます
「楽念…楽念…どこにおる…」
この声は和尚様のお声ではありませんか。しかし、私こと『楽念』現在トイレでカップラーメンを食しておりますので和尚様の元に行くことが出来ません…
今の和尚様は総本山で修行され、この『楽楽寺』に派遣されてきた方でとてもお優しい方なのですが、私が修行僧から10年間お世話になった和尚様は非常に厳しくカップラーメンなどもっての他でございました。
さすれど、そこは成長期。空腹にはかなわず編み出した技がトイレでカップラーメンを食すという過酷な荒技。
皆様は汚い、不潔とお思いでしょう…「ノンノン…教育的指導です!」食とは単に栄養素を補給するに非ず…
心を満たす行為でもあるのです。だからこそ、人は美味しい食事を探求せずにはいられないのです。
おぉ、ラーメンと言えば、私が辛い修行僧時代、修行と称して全国を托鉢して行脚 していた頃、3つの素晴らしいラーメンに出会いました。
「ズズー、ズル…ズズー、ぷはぁ~」
これは失礼致しましたカップラーメンが伸びてしまっては味が落ちてしまいますので。
さて気を取り直して、1つは福島県会津地域にあるラーメン街道、そのラーメン街道の中にある「喜多方ラーメン」でございます。
長方形に切られたチャシューと汁が万遍なく絡んだ縮れ麺、この三つ巴のハーモニーがすばっらしいんです。おっと、私としたことが涎が…
2つ目は香川県のラーメンです。皆さん香川県は『うどん』でしょと思いましたね…『ノンノン…教育的指導です』。
香川県の『さぬきうどん』、ぶっとく!四角く!白い!とても美味でございます。職人さんの腕もあるでしょうが、素材が凄いのです!良質な小麦粉と水。
皆さんも想像してください。その良質な小麦粉と水を使用し、醤油ベースでありながら、パンチを与えるため名古屋コーチンをじっくり煮込んだエキスが配合された『くすみのないスープ』を!…そして名古屋コーチンのチャシューと良質な小麦と水で製作されたストレート麺とのハーモニーを!…至極でございます。
3つ目は、大分県の長浜ラーメン。私こと『楽念』、豚骨が好きなので『ワクワク』しながらお店に入ると店主が…
「お坊さま…地元の方ではないですよね。どこから来られましたか?」
「ご主人、私は東京から修行の旅を…」
「あぁ…東京の方ですか?では味は薄めにしときましょう!関東の人には本場の味はきついと思いますからね」
『そう、今思えばこの時、ご主人の言葉に耳を傾けていれば、あんなことにはならなかったのに…その頃の私は血気盛んでございまして、ご主人に話を途中で遮られ、関東人だと馬鹿にされたため…つい…』
「ご主人…そのようなお気づかは無用でございます…私は豚骨をこよなく愛する者ゆえ」
「珍しいね…お坊さんが豚骨が好きなんて…生ぐさだね…では本場の味にしますよ」
『無礼な!生ぐさとは…』と思いつつ、豚骨ベースのラーメンを待つ私。
「へい、おまちどう!」
「はい、どうも」
『えっ!普通の豚骨ラーメンではないですか?』と思って一口。
『げぇげぇ、濃い濃すぎる…まるで油そのものを食べている味…無理です…ごめんなさい』と言えない血気盛んな私は、一気に食し主人に…
「本場というけど、そんなに濃くなかったよ…ご主人…」
「こりゃすげ…関東の人でお坊さんのように、本場の長浜ラーメンを食べきった人を見たのは初めてだ…だけど店の外でリバースしないでくださいよ…」
「ご主人…大丈夫です…これはお代…では『美味』でございました…」
そして、足早に店を出た矢先、私にあの悲劇が…私は足早に下水溝を探します…カモーン下水溝…カモーン…
やっとの事で下水溝を見つけた私こと『楽念』は油に耐えきれなかった胃の腑のラーメンをすべて下水溝に還元させていただきました…
ここからが肝心!修行と思って2度に挑戦。しかし結果は…下水溝へ…。が不思議なことに3度目、まさに3度めの正直。
『うまい!油っぽくない!むしろ絶妙!』そんな私の表情を見たラーメン店の主人は、黙って私にレモンを指し出し、そっと微笑みました。
私こと『楽念』をラーメン店のご主人が、地元大分の市民として認めてくれたと私は思い…実に嬉しく感動いたしました…今でも私は、その時のご主人の笑顔とラーメンの味をしっかり覚えております…
「楽念…楽念…皆でスイカ食べるぞぉ…いないとお主の分がなくなるぞ…」
『なんですと!』と『ふっ』とスイカに気をとられた一瞬、私の左手にあったカップラーメンが重力に引きづられ、『ぽっとん便所』の奈落の底へ…なぜに水洗ではないのか…
この時、『小坊主』こと私『楽念』の頭の中に、ある『ことわざ』が思い浮かんで参りました…その『ことわざ』とは、
『覆水盆に返らず』…一度こぼれてしまった水は2度と元のお盆に戻ることはない…
あぁ、この出来事もまた『真成』なのですね。
私は何事も無かったようにトイレを後にし、スイカが待つ和尚様の元へと向かうのでした…