加茂さんはカレーが食べたい
秀人と山田と合流後、最初に向かったのは、当初の予定通り神薙さんのクラスだ。
その喫茶店はただの喫茶店ではなく、メイド&執事喫茶というものだった。
――ただし、男子がメイド服で女子が執事服である。
ゴリゴリに筋肉質なメイド達が給仕をしている教室内は、なかなかの地獄だった。絵面が濃すぎて。
オムライスは普通に美味しかった。ケチャップをかける時に謎のコールがあって美味しさ半減した気がしなくもないが。
その後は行き当たりばったりで、興味の惹かれたクラスを転々と歩いた。
三年生がやっているお化け屋敷にも入ってみたりもしたが、そこは違うベクトルで怖かった。
……お化け役が全員オカマ設定とか恐怖でしかないだろ。何だよオカマゾンビって。解説の時に突っ込んじまったよ。
それに最後の直線なんて、もはや鬼ごっこだよ。普通、ゾンビがガチ走りで追いかけてくるか? まあ、秀人を囮にして山田と先に逃げたけども。
ってか、神薙さんのクラスもそうだったけどオカマ系多くないか? 流行ってるのか?
……と、文化祭初日はそれなりに充実した一日となったのだった。
文化祭が終わってから気づいたことだが、あの軽音楽部の子の名前、聞いておけばよかったと思わなくもない。折角初めて話した後輩だったから。
まあ、過ぎてしまったものは仕方ない。でも、もし今度会うことがあったら聞いてみようと思う。
「一日目、とりあえずお疲れ様。明日も問題起こすなよー」
佐久間先生の気怠げな言葉で、今日の帰りのSHRは終わった。
その後、帰宅する人も居れば、初日の余韻に浸りながら教室で駄弁る人も居る。山田は前者で、秀人は後者だった。
俺も前者よりだが、帰る前に加茂さんを探す。
彼女はすぐに見つかった。しかし、クラスの他の女子達と談笑していて、呼びにくい。
どうしたものかと悩んでいると、加茂さんが俺の視線に気づく。
そして、話していた女子達に何かをボードで伝えてそこから抜け出すと、小走りで俺の元に来た
『ごめんね
私が呼んだのに
待たせちゃって』
「いや、平気。それより、加茂さんはよかったのか?」
「…………(こてん)」
加茂さんが不思議そうに首を傾げたので、俺は先程彼女が話していた女子達の方に視線を送る。
――何故か彼女達がこちらに生温かい視線を向けていた。
俺は何も見なかったことにして、視線を加茂さんに戻す。
「…………(こくっ)」
「そっか」
加茂さんは小さく頷く。送った視線は一瞬だったが、俺の視線の意味を分かってくれたらしい。
「それで、話って?」
早速、本題に入ると、加茂さんはボードにペンを走らせる。
『明日、誰かと回る?』
「まだ決まってない」
加茂さんのその質問の意図を察せないほど、俺は鈍感ではない。
山田は桜井さんと回ると言っていた。秀人とも、まだ明日の話はしていない。
『明日、一緒に回らない?
鈴香ちゃんと石村君も誘って』
「分かっ……やっぱ待って」
「…………(きょとん)」
加茂さんは不思議そうに俺を見つめてくる。
彼女が俺を誘ってくるだろうという予想は当たっていた。俺も断る理由はなかったので素直に了承できる。
ただ、問題は秀人と神薙さんだ。
「神薙さんと秀人はもう誘ったのか?」
『これから』
となると、やはり懸念点が一つある。
明日、カップル二人きりで回る人も多いと聞いた。例を挙げるなら、山田と桜井さんがそうである。
だから、秀人と神薙さんは付き合ってはいないものの、秀人は神薙さんを個人的に誘うかもしれない。
つまり、神薙さんの返答にもよるが、秀人と神薙さんの二人きりで文化祭を回る可能性も考えられるのだ。
そのため、俺からは加茂さんの提案に頷きにくかった。まず先に、秀人に聞いてみなければならない。
……問題はこれを加茂さんにどう説明するべきかである。
加茂さんは、秀人が神薙さんに異性として好意を持っていることまでは知らないのだ。奇跡的なことに。
「いいじゃん。行こうぜ」
――横から会話に入ってきたのは秀人だった。
「いいのか?」
タイミング良く会話に加わってくれたおかげで助かったが、念のため、俺は確認するように彼に訊ねる。
「いいんだよ」
それから、小声で俺だけに言った。
「鈴香も加茂さんと回りたいだろうしな」
そう言って、秀人は笑う。
……秀人自身が構わないのなら、まあいいか。逆に気を遣われ過ぎても却って迷惑になってしまうだろうし。
『赤宮君は?』
「ああ、ごめん。俺も大丈夫」
保留にしてしまっていた加茂さんの誘いを、俺も遅れて応じる。
「三人とも、今、いい?」
そこに、小谷さんが声をかけてくる。
「ああ、どうした?」
「明日の当番のこと。時間の10分前には教室戻ってきて。役割とか、直前確認」
「分かった」
「りょーかい」
『ラジャー!
( ̄^ ̄)ゞ』
小谷さんに明日の当番表を見せてもらい、俺達はそれを確認しつつ返事をする。
「あと、加茂さん、石村君、お願い」
「ん?」
「…………(きょとん)」
そして、小谷さんは二人を名指しして言った。
「明日、何か食べる時は気をつけて」
「……あ、そういや、朝からメイクした状態だっけ」
「ん。特殊メイク、朝以外できないから。口元汚さないように」
「おう。気をつける」
――二人は受付役の俺と違い、明日はお化け役として働くことになっている。
そのため、朝に特殊メイクを受けるのだが、その状態で一日文化祭を回ることになるのだ。
朝に特殊メイクをやってしまう理由は、その美術部員が朝しか時間が取れないのと、お化けの格好で文化祭を回ることでお化け屋敷の宣伝も兼ねているらしい。
「……加茂さん?」
秀人からしか返事が返ってこなかったため、小谷さんは不思議そうに加茂さんを見て、固まる。
俺と秀人も釣られて加茂さんの方を見ると、ボードに書かれていた文字に目が止まった。
『カレーは
平気?』
「……カレー?」
どうやら、加茂さんはカレーが食べたいらしかった。
『友達のクラスの喫茶で
おいしいカレーがある
って勧められた』
多分、神薙さんのことだろう。
「え、そうなの? 今日行った時はカレーなんてメニューになかったけど」
『カレーは二日目
限定メニュー!
調理部の人が作る!
おいしいって評判!』
「マジか!?」
加茂さんと秀人がカレーの話に花を咲かせ始めると、小谷さんは小声で俺に言ってくる。
「赤宮、二人のこと、お願い」
「……それって」
「誰か、見てないと、絶対、やらかす」
小谷さんの二人への信頼度は0だった。だからこその監視命令なのだろう。
……いや、うん、この二人と明日一緒に回るのは俺だ。
必然的に、俺が手綱を握らなければならない。それは仕方のないことであって……。
「はぁ……」
俺はカレーの話で盛り上がっている二人を眺めつつ、深いため息を吐いたのだった。





