先輩との出会い
「後輩との出会い」の後輩ちゃん視点のお話。
「楽しかったぁ」
文化祭初日、初めてのバンドが終わった。
その後、私はギターとベースをそれぞれ前と後ろに背負って、一人で視聴覚室に向かっていた。
後でバンドの皆と集合する予定だったから急いではいたけど、落としたら大変だから階段だけは慎重に上る。
でも、ベースもギターも当たり前だけど軽くない。だから、時々よろけかけたりしていた。
それでも、足下に気をつけながら、手すりに沿って、なんとか転ぶことなく階段を上っていた。
「――危ねっ」
目の前からそんな声が聞こえた後、男の人が私を避けるように横に現れる。多分、ぶつかりそうになったんだと思う。
私もあまり前を見ていなかったこともあって、反射的に謝罪する。
「あ、すみませんっ」
「いや、俺もあんま前見てなかった。ごめんな」
「いえっ」
謝った時に上履きをチラ見すると、緑色。先輩だった。
……先輩に絡まれるのも面倒で、嫌だなと思った私は急ぎ足で階段を上ってしまうことにした。
それが間違いだったんだと思う。
「あっ」
私は階段から足を踏み外してしまった。
本当に危ないって思った時、周りがスローモーションみたいに見えるのって本当なんだ――そんな呑気なことを考えながら、私は背中から倒れる。
勿論、踏ん張ろうとは思ったけど、無理だった。
7、8キロのものを持って不安定な姿勢で踏ん張るなんて、私にはできなかった。
怖くなって目を瞑って……そんな時、倒れる私の体は誰かによって支えられる。
目を開いて首だけ回して後ろを見ると、さっき私を避けた人とは別の男の人が私を支えてくれていた。
「す、すみませんっ、ありがとうございますっ」
「いえ……大丈夫……か?」
「だ、大丈夫ですっ」
感謝を告げると、その人は私を支えるために踏ん張りながらも私を心配してくれた。
とりあえず、ずっと支えてもらう訳にもいかないと思って、私は体に力を入れて起き上が――って、あれ?
「あの……すみません。やっぱり大丈夫じゃないです」
「っ、どこか痛めたか?」
「違いますっ、お陰様で怪我なしですっ」
体のどこも痛くない。足も捻ってない。もし、この人に助けて貰わなかったら、私はきっと大怪我してたかもしれない。
だから、それだけは本当に、心から感謝している。
……だからこその申し訳なさもあって、大丈夫と言った手前、少し恥ずかしい気持ちもあって……ひとまず、この状況をどうにかするためにも頼まないと。
「その……背中押して貰えると助かります」
「……ああ」
後ろから押してもらって、私はどうにか体を起こすことができた。
すぐに後ろを振り返って、その人にお礼をする。
「助けてくれてありがとうございまし――わわわっ!?」
「うおっ」
勢いのまま頭を下げて、自分の失敗に気づいた。
気づいた時には、もう遅かった。
今度こそ覚悟した。
「ひゃあ!?」
突然のことにびっくりして、私は思わず悲鳴をあげてしまう。
だって、その人は倒れかけた私の体を、倒れる前にギターケースごと抱き締めるように、乱雑に掴んできたのだから。
いくら目の前にいても避けられなくはなかった。一歩支えるのに遅れたら、巻き込まれていた可能性だってあったのに。
彼は一切の躊躇もなく、私を二度も助けてくれた。
そんな彼に対してなのか、抱き締められてるこの状況に対してなのか。思考が熱くなると言えばいいのか分からないけど、そんな感じ。
私の頭はこの時、完全にショートしてたんだ。
「すす、すっ、すみませんっ!」
「いや……俺もこんな支え方になってごめん」
慌てて謝ると、彼も謝ってくる。
体から手を離されて、顔を上げて――気まずくて、失礼なのは分かっていても、視線を逸らしてしまった。
「で、では」
「ちょっと待て」
「は、はい」
また階段を上ろうとすると、引き止められてしまう。
「手伝うから、片方貸せ」
「……え」
その言葉を聞いて、私は反射的に言葉を返す。
「いえいえ! 大丈夫ですよっ! 悪いので……」
「いいから」
「あっ」
前に抱えていたギターケースを、半ば無理矢理受け取って背負われてしまう。
強引な人だと思った。こういうタイプは私は少し苦手で、困る。
だって、無理矢理借りを作らされてしまうということになるから。
こういうことは初めてじゃない。彼には悪いけれど、後のことを考えたら少し面倒臭いと思ってしまった。
「どこに運べばいい?」
でも、一応、善意なんだろうなってことは分かる。分かるから、断りづらい。
「……五階の視聴覚室です」
渋々、私は目的の場所を口に出す。
「俺達も何か手伝う?」
さっきぶつかりかけた先輩と、もう一人の男の人がこちらに来る。
そこで分かった。この助けてくれた人も二年生ということに。
「いや、平気。二人は先に行っててくれ」
助けてくれた人……先輩は、声をかけてきた方の先輩の申し出を断った。
でも、結局、ついて来そうだなぁって思った。私、顔が良いからね。
よく、人に(主に男子に)"可愛い"って言われる。これは自意識過剰とかじゃない、ただの事実。だからなのか、それなりにモテてしまう。
別にモテたいなんて思ったことはない。だって、面倒臭いから。男子から向けられる一方的な好意や、女子からの僻みの感情が。
そのせいで、私はこの学校に入って一学期の内に、同学年では知らない人が居ないレベルの有名人になってしまった。
他の学年は分からないけど、多分、結構私のことは知られてしまっていると思う。
そのせいで、一学期には二年生、三年生の話したことない先輩にまで告られたりした。全部お断りしたけど。
……まあ、そんな理由があって、私は諦めていた。三人の先輩達と話すの、疲れそうだなって、勝手に考えていた。
でも、助けてもらったお礼の分は返さないといけないって、事前に心の準備もしてた。これも勝手に。
「二人は先に行っててくれ」
「りょーかい」
「なら、俺達は喫茶入らずに近くで待ってるよ」
「そうだな。二階適当に回ってるから、光太は終わったら連絡くれ」
「分かった」
だから、私は驚いた。二人の先輩は私の顔を見ていたのに。私が誰かも分かっているような反応だったのに。
――何の興味も向けられずに、そのまま階段を下っていってしまったんだから。
「じゃあ、行くか」
「…………」
「……おーい?」
「あ、は、はいっ」
先輩に声をかけられて我に帰って、慌てて返事をする。
そうして、私達は視聴覚室に向かうために階段を上り始めた――。





