加茂さんと最近慣れたこと
8月30日。俺達の文化祭準備は折り返しを迎えていた。
お化け屋敷の通路壁の塗装、パーツの組み立てが始まり、工作班は教室の隅に移動。そこで、小道具や衣装を作成していた。
「赤宮、次、こういうの作れる?」
うちのクラスの文化祭実行委員、小谷さんに渡されたのは、お化け屋敷で使う衣装のイラスト。
俺はその絵と今ある材料を交互に見る。
「材料が少し足りない」
「何が足りない?」
「今は白い布と包帯だな」
「分かった」
小谷さんはすぐに買い出し班に連絡を取り始める。
俺が裁縫を再開すると、隣で小道具を作っている山田達が話しかけてくる。
「赤宮、ほんと手芸上手いよなー」
「手芸部には負けるけど、軽い補修なら慣れてるから」
「赤宮君、家事全般できるんだっけ。良いお嫁さんになりそうだよね」
「一家に一台欲しい……」
便利な家電と勘違いされている気がするが、褒められているのは分かるから悪い気はしない。役に立てているのなら何よりだ。
「赤宮」
俺が裁縫を続けていると、買い出し班に連絡をし終えた小谷さんが戻ってくる。
「衣装、手伝う」
「通路の方はいいのか?」
「残り、地図通り組み立てるだけ。任せてる」
小谷さんは親指で後方を指差す。
そちらに目を向けると、通路班は秀人主導の元、完成したパーツのみで通路の組み立てが進められていた。
「それとそれくっつけて、その壁がこっちな」
「石村、その地図の向き逆じゃない?」
「え? あ、やべっ」
「……本当に大丈夫かよ、あれ」
「多分」
俺が小声で訊ねると、小谷さんは真顔で即答する。しかし、その言葉は至極曖昧なものだった。
「赤宮、何か手伝い、ある?」
「ん、ああ、じゃあこれなみ縫い頼む。俺そっちの新しいやつ縫ってみるから」
「分かった」
通路班に一抹の不安を覚えつつ、小谷さんに今俺が縫っていたものの続きを託す。
そして、先程彼女に頼まれた新しい衣装案のイラストを横目に、二本目の針に糸を通す。
「赤宮」
黙って作業を進めていると、小谷さんが小声で俺を呼ぶ。
見ると、彼女は顔を上げずに、慎重な手つきで俺が頼んだ箇所をゆっくりなみ縫いしていた。
そのまま、彼女は顔を上げることなく続ける。
「衣装、いっぱい任せてごめん」
「別にいいって。家事は嫌いじゃないし」
「家事ではないと思う」
「細かいことは気にすんな」
「細かくない」
気を遣わないでほしいという意味で言ったのだが、真顔で否定されてしまう。
「負担、平気?」
「平気だって。夜更かしもしてないし」
彼女は表情の変化が乏しい。加茂さんと真逆のタイプだ。
でも、俺を心配してくれている気持ちはちゃんと伝わってくる。
――このクラスには手芸部がいない。
だから、慣れている俺が、人より裁縫ペースが速くなるのも当たり前。その分、俺が多く裁縫をすることになるのも当たり前だった。
実際、衣装の半分近くは俺一人で作っているが、適材適所という言葉がある。俺は不満も文句も何一つなかった。
「それに、加茂さんには任せられないしな……」
「それはクラスの総意」
始め、加茂さんも工作班で裁縫を手伝ってくれるということで、その言葉に甘えた。
しかし、加茂さんは手先がとてつもなく不器用だった。どうして手伝うと言ったのか、自信もどこから来ていたのか、謎なぐらいに。
それでも、俺も最大限彼女を気にかけて衣装作りを進めていたが、事件は起こるべくして起こったというか。
彼女は針を誤って指に刺してしまい、軽い出血。俺は即行、彼女の縫い針を没収したのだった。
没収後、加茂さんはしばらく教室の隅でガチへこみしていて、それを見た俺も少し心苦しい気持ちになったり。
しかし、俺の裁縫ペースは加茂さんが手伝ってくれていた時より、約三倍程度ペースアップしたのが現実だった。これは話を盛っている訳ではなく、悲しいことに紛れもない事実である。
『ただいま!』
噂をすれば何とやら、加茂さんがボード片手に、袋をもう片手に持って買い出しから帰ってきた。
『これで大丈夫?』
「ん……合ってる。ありがとう」
「…………(ほっ)」
小谷さんが袋の中身を確認し終えると、加茂さんは胸を撫で下ろす。それから、次の仕事を訊ねてくる。
『何か手伝える
ことある?』
「間に合ってる。休憩してていい」
「…………(しゅん)」
小谷さんの言葉に、加茂さんは少し悲しそうな表情になる。
小谷さんも悪気があって言った訳ではないのだろう。むしろ、善意だと思う。
しかし、働きたい加茂さんにとっては、"任せられる仕事がない"と言われたようなもので……現段階では本当にその通りなのがまた悲しい。
「じゃあ、俺達の話し相手になってくれ」
「…………(きょとん)」
ということで、俺が加茂さんに仕事を与えた。
勝手に巻き込んでしまった小谷さんに視線を送ると、了承の意味だろう、彼女は無言で頷く。
『ok!d(๑╹ω╹๑ )』
加茂さんに視線を戻すと、彼女はボードをこちらに向けてニコッと笑う。
「加茂さんとこうして話すの、初めてかも」
『だね』
二人は顔を見合わせ、微笑み合う。
初めてと言う割には、二人とも表情は柔らかい。独特な話し方もあってか、ゆる〜い空気が流れている。
「じゃあ、早速」
俺が口を開くと、二人の視線が俺に集まる。
……ほわほわしているところに水を差すようで悪いとは思ったが、放置してたらずっとこのまま動かない気がしたのだ。
「話題提供希望者は挙手してくれ」
「……思ってたのと違う」
「……変か?」
「変」
バッサリと小谷さんに言われ、俺は地味にへこんだ。
「…………(びしっ)」
「はい、加茂さん」
綺麗な挙手を見せる加茂さん。俺は心を切り替えて指名する。
指名を受けた彼女はボードに文字を書き、こちらに向けてきた。
『夏休みの
宿題終わった?』
「終わってる」
「俺も終わってるけど、加茂さんは?」
加茂さんは目を逸らす。その反応で察した。
「どのぐらい終わってないんだよ」
『まだ何も言ってない』
「沈黙は肯定」
「…………(うぐっ)」
小谷さんも察したらしい。天然鋭い彼女の言葉に、加茂さんは胸を押さえる。
そして、心にダメージを受けたらしい彼女は、よろよろとした動きでボードにペンを走らせる。
『半分ぐらい』
「……間に合うのかよ」
『たぶん』
不安の残る返答である。
……明日は家でのんびりする予定だったが、仕方ない。聞いてしまったら、放っておけない。
俺はため息を吐きつつも、小谷さんに確認を取ることにした。
「小谷さん、明日って文化祭準備ないよな」
「ん。夏休み最後の日だから。自由」
「加茂さん、明日予定は?」
「…………(こてん)」
加茂さんは首を傾げながらも返答してくれた。
『ないよ』
「なら、明日宿題手伝うから予定空けとけ」
「…………(ぱちくり)」
加茂さんは目を瞬かせる。そして、ボードに文字を書き、笑みと共にこちらに向けた。
『ありがとう!』
「それじゃあ、俺の家でいいか?」
『宿題重いから私の家
だと助かります(´・△・`)』
「……半分ぐらいじゃなかったのか?」
『ごめんなさい
ウソつきました
いっぱいあります』
呆れる俺に、加茂さんは軽く頭を下げてくる。
……全く手を付けていないよりかは幾分かマシだ、うん。そう考えることにしよう。
「はい」
明日宿題を手伝う約束をしたところで、今度は小谷さんが挙手をした。
「私も質問したい」
「ん、どっちにだ?」
「二人に」
「二人?」
すると、小谷さんは小さく息を吸って、吐く。そして、謎の溜めを作ってから、神妙な顔で俺達に訊ねてきた。
「二人、付き合ってる?」
「ない」『ない』
小谷さんの質問を、間髪入れずに否定する。
最近、この勘違いの対応も慣れてきてしまった俺達だった――。





