加茂さんと二人三脚
――テスト前日、体育祭に向けての自由練習時間。
「…………(ばばーん!)」
「良かったな」
加茂さんは両拳を天に向かって突き出し、目一杯の喜びを表現している。本当に嬉しそうだ。
……喜びの感情が上限突破したのか、今度はぴょんぴょんと飛び跳ね始める。捻挫治っただけで喜びすぎな気もする。
「はしゃぎ過ぎるとまた捻るぞ」
「…………(とんっ、ぴた)」
加茂さんは動きを止めて、俺の方に振り返る。
「…………(ぱくぱく)」
そして、笑みを浮かべた加茂さんは、口パクで俺に何かを言った。
「加茂さん?」
「…………(にひー)」
体育の授業中、当然ながら加茂さんはボードを持っていない。だから、意思疎通も難しい。
しかし、今の口パクは明らかに、俺に伝える気はないような意図を感じた。きっと、聞いても無駄だろう。
「……とりあえず、練習するぞ。時間ないんだからな」
俺は深くは聞かずに、加茂さんの横に並ぶ。
彼女に片足を近づけてもらい、俺は片足同士をバンダナで結んだ。
「まず、俺が声出しするから、加茂さんは最初に右足を出してくれ」
「…………(こくこく)」
加茂さんは頷き、準備万端の模様。俺は軽く深呼吸を入れてから、声を出す。
「せーの、おぉ!?」
「…………(ばたばた)」
「落ち着け! ってか、足を止め――!」
「…………(ばたーん)」
そうして、練習一発目、俺達は盛大にすっ転んだ。
二人して前のめりに地面に突っ伏す様は、周りから見ればとても滑稽だろう。
「加茂さん、怪我は……?」
「…………(こくり)」
ここまで息が合わないと思わなかった俺は、加茂さんを庇うことすらできなかった。
どうにか立ち上がった後、加茂さんを見る。彼女は膝を少し擦りむいていた。
「怪我してるじゃんか」
『赤宮君もね』
加茂さんが地面に指で文字を書く。
言われて気がついた。彼女と同じように膝をすりむいていたことに。
「俺は平気だ。すぐ治る」
『私も平気』
「……無理はするなよ」
『赤宮君こそ』
大した怪我ではなかったため、俺達は練習を続行することにした。
その前に、足に結んでいるバンダナを少し緩ませる。足が合わなかった時、先にバンダナが外れてくれるようにするためだ。
外れやすいため結び直すのが面倒だが、怪我するよりはマシだろう。
「さあ、いくぞ。せーのっ、1、2」
「…………(だだだだだ)」
「1――にぃっ!?」
「…………(ずるっ)」
なんと加茂さん、俺の掛け声無視して足踏みをした。
しかし、問題はここからである。バンダナが外れたのにも関わらず、加茂さんは普通に足を滑らせた。
俺は反射的に彼女の前に飛び出して、彼女の体を支えるために受け止める。
「ぐえっ」
「…………(ばたーん)」
――ことは叶わず、加茂さんの勢いを殺しきれなかった俺は彼女の下敷きとなった。
やはり、加茂さんは"様子見"という単語をしっかり学ぶべきだと思う。あまりに思い切りが良すぎる。
「加茂さん、平気……か?」
「…………(ぽけー)」
俺が顔だけ上げようとすると、俺の上に乗っかっている加茂さんと目が合った。
お互いの顔の間隔は5センチにも満たない距離で、俺達はしばらく見つめ合う。
――俺はようやく今の状況を理解して、一気に顔が熱くなる。きっと、俺の顔はみっともないぐらい紅潮してしまっているだろう。
しかし、加茂さんも同じだった。彼女も顔を真っ赤に染めて、金魚のように口をパクパクさせている。
上から密着するようにのしかかられているせいで、すっかり速くなった鼓動もはっきり伝わってきた。
「…………(あわあわあわあわ)」
「……退いてくれ」
「…………(はっ)」
耳まで真っ赤に染めて激しく狼狽えている加茂さんに、俺はあくまで平静を装いつつお願いする。
すると、彼女は我に返って慌てて立ち上がる。そして、俺から距離を取り、体操服に付いた砂を払う。
加茂さんが退いてくれたので、俺も立ち上がって体操服の砂を払った。
俺の動悸は未だ鎮まらない。加茂さんは照れ笑いを浮かべているが、その表情はどこか固い。
今のが事故であることは確かで、俺は加茂さんを助けようとしただけだ。
……その筈だが、理由のない罪悪感が込み上げてくる。だから、俺はとりあえず彼女に謝罪をする。
「なんか、ごめん」
「…………(ぶんぶん)」
俺の曖昧な謝罪に、加茂さんは勢いよく首を振る。
"俺は悪くない"と慰められているようで、少しだけ心が救われた。
「続き、やるか」
「…………(こくっ)」
落ちているバンダナを拾い、俺と加茂さんの足を繋ぐ。
その時、足が触れ合っただけで、トクンと心臓が軽く跳ねた。
先程まで平気で結んでいた筈なのに、どうしても彼女を意識してしまう。彼女の鼓動を思い出してしまう。
――そうして再開した練習も碌に集中できず、この日の最多歩数はたったの三歩だった。