加茂さんの誕生日
お盆も明け、夏休みの宿題を全て終わらせて迎えた8月25日。俺は昼を家で済ませてから、午後1時に登校してきた。
まだ夏休みは終わっていないが、今日は有志のみで文化祭準備を進めることになっている。
準備は面倒だが、俺は部活に入っていない。だから、今日の準備を休む正当な理由がない。
まあ、部活じゃなくても、旅行とか適当な理由を言って休むことも考えた。が、家で何かしたいこともなかった。
……たまに思うことがある。俺はなんてつまらない人間なんだろうと。趣味とか、探してみた方がいいのだろうか。
そんなことを考えながら教室に来ると、いつもの席で本を読む加茂さんの姿があった。
「おはよう」
声をかけると、加茂さんは俺に気がつき、本に栞を挟んで机に置く。そして、ボードにペンを走らせ、こちらに向けた。
『こんにちはの時間だよ』
「……そうだな。こんにちは……なんかしっくりこねえ」
『だね』
加茂さんは苦笑しながらボードをこちらに向ける。彼女に釣られて、俺も苦笑する。
"おはよう"と言うのは何も感じないのに、どうして"こんにちは"になるとここまで違和感を感じてしまうのだろう。日本語って不思議だ。
『皆おそいね』
「だな」
今日は"各自で昼食を済ませてから教室集合"と、明確な集合時間は決まっていない。
しかし、いくら時間が決まっていないとしても、もう1時を過ぎている。にも関わらず、俺達以外誰も教室に来ていないのはおかしい。
でも、集まる日付はライナーで確認済みである。だから、今日文化祭準備があるのは確かな筈だ。
つまり、本当に俺達以外来ていないということになる。
……まあ、うちのクラスは運動部が多いし、忙しい人が多いのだろう。文化祭実行委員は一人は来ると聞いているし、待つしかないか。
「あ、そうだ」
俺は加茂さんに聞かなければならない、あることを思い出す。丁度暇だし、今聞いてしまおう。
「加茂さんの誕生日っていつ?」
「…………(きょとん)」
加茂さんは突然の俺の質問に対し、固まる。
「…………(はっ!?)」
何かに気づいた加茂さんは、慌てた様子でボードに文字を書き、俺に突きつけてきた。
『私も赤宮君の
誕生日知らない!
親友なのに!』
反応を見るに、加茂さん、今更気づいたらしい。
やけに"親友なのに!"を強調して書くなぁとか思っていると、彼女は素早くボードの文字を消して新たに文字を書いた。
『12月1日』
それを見た俺は、まだ過ぎてないことに安堵する。同時に、驚きもあった。
「俺も同じ月だ」
「…………(ぱちくり)」
そう、俺と同じ月なのである。俺は12月の後半だからあまり近いとも言えないが、それでも驚いた。
『赤宮君の誕生日は?』
「12月25日」
「…………(ぱちくり)」
俺が自分の誕生日を告げれば、今度は加茂さんは再度目を瞬かせた。
『クリスマスって凄い
珍しいね( ゜д゜)』
「よく言われる」
毎年母さんが欠かさず祝ってくれるが、小・中学生の頃は友人に忘れられることも珍しくなかった。
というか、年末や冬休み等の理由も重なり、忘れられるどころか家族以外に祝われたことがない。だから、色々慣れてしまった。
それでも、去年は秀人が家に押しかけて来て、強引に祝われた。
突然のことに戸惑いもあったが、何だかんだで嬉しかったのを覚えている。
『クリスマスプレゼント
誕生日プレゼント
2つ用意しておくね!』
笑みを浮かべてボードを見せてくる加茂さんに、俺は一言言っておく。
「一つでいい」
『なんで!?』
何でと言われても、俺としてはクリスマスでも誕生日でも、どちらにせよ貰えるだけでも嬉しいのだ。
なのに、わざわざ一つずつ用意してくれるとか申し訳なく思ってしまう。
『それなら私にも
誕生日プレゼント
用意しないでね』
「まだ用意するなんて言ってないけど」
「…………(え……)」
加茂さんは驚き、少し悲しそうな表情を見せる。
……冗談のつもりだったのだが、そこまでへこまれるとは思わなかった。内心で反省しつつ、俺は加茂さんに言う。
「冗談だから安心しろ」
「…………(ぱあっ)」
加茂さんは暗い顔から一転、一気に明るい顔を見せてきた。
あまりに嬉しそうな表情を見せるので、俺も釣られて少し笑ってしまう。単純過ぎるだろ。
「…………(はっ)」
――しかし、何かに気づいた様子の加茂さんは表情を一転させる。緩んだ表情を引き締めて、ボードにペンを走らせた。
『それなら私も用意する!
拒否権なしo(`ω´ )o』
「……分かったよ。なら、楽しみにしてる」
「…………(ぐっ)」
加茂さんは自信満々な表情で親指を立てる。
俺は、これ以上断る理由が思い浮かばなかった。加茂さんが用意したいと言うのなら、無理に断る必要もないと思ったのだ。
それに、これは恥ずかしいから口には出せないが……彼女のその気持ちが嬉しかった。こういうところは、自分でも単純だと思う。
そして、早速、俺はプレゼントについて加茂さんに訊ねる。
「加茂さんは誕生日プレゼント、希望あるか?」
『それ聞くのは
どうかと思う』
加茂さんにジト目を向けられる。流石に駄目か。
これが確実かつ安定の方法だと思ったのだが、彼女がそう言うなら仕方ない。ちゃんと自分で考えよう。
――教室の時計に目を向ける。
「……遅いな」
「…………(こくり)」
「加茂さん、何時に来た?」
『12時半』
俺より30分以上も前に来ていたらしい。
……段々不安になってきた俺は、もう一度ライナーを見て集合時間を確認する。
[各自で昼食を済ませてから教室集合!]
「間違ってな……あ……れ……?」
文化祭実行委員からの連絡を見直した俺は、その後の追記に気づく。
[文化祭準備は1-8でやるよ!
間違えないようにね!]
思えば、1時半近いのに誰も来ないなんて、おかしな話だった。
せめて文化祭準備のまとめ役である文化祭実行委員ぐらいは居るものだろう。どうして気がつかなかったのか。
……いや、気づいてはいたな。気づいていた筈なのに、どうしてその時点で確認しなかった、俺。
「加茂さん、これ見てくれ」
「…………(こてん)」
加茂さんは不思議そうに首を傾げた後、俺のスマホを横から覗き込み――案の定、固まった。
「加茂さん」
加茂さんに声をかけると、彼女は錆びたブリキ人形の如く、ぎこちない動きでこちらに顔を向けてくる。
「…………(あはは……)」
そして、引き攣った笑みを浮かべた。俺も釣られて、似たような笑みを浮かべてしまう。
その後、正気に戻った俺達は同時に廊下へ飛び出した――。





