伝言
特に何事もなく一週間が過ぎ、迎えたバイト最終日。待ちに待った給料をあっさりと受け取り、他の従業員の人との挨拶も終える。
そして現在、俺と秀人、和哉の三人で駅に向かって歩いていた。
「二人はそのお金、何に使うんだい?」
歩きながら、和哉にそんなことを聞かれる。
俺は金が少なくなったから稼ぎたかっただけで、今すぐ何かに使う予定はなかった。
しかし、秀人は違ったらしい。
「鈴香……幼馴染の誕生日プレゼント買う予定っす」
それを聞いた俺は少し驚き、秀人に訊ねる。
「神薙さん、誕生日近いのか?」
「え、てっきり知ってるもんだと思ってたわ」
「……誕生日の話なんて一度もしたことなかったからな」
「は?」
突然、秀人は足を止めて固まった。
「秀人?」
「光太、まさか加茂さんの誕生日も知らねえとか言うなよ?」
「知らないけど」
誕生日の話をしたことがないのだから、当然だ。ただの事実に、何をそこまで驚くことがある。
俺が首を傾げていると、秀人に両肩を掴まれた。
「な、何だよ」
「誕生日、加茂さんに絶対に聞いとけ。ついでに自分の誕生日も言っとけ」
「……何で?」
「後悔すんぞ」
後悔するは流石に大袈裟だろう。どうしてそこまで言われる必要がある。
「絶対ピンときてないだろ」
秀人にジト目を向けられる。俺は困惑しつつも、事実なので頷いた。
「……あのさ、もしも自分の誕生日を言わなかったら、光太、俺や日和さんからしか祝われねえんだぞ? 寂しくねえか?」
「だから?」
「だーかーらー、加茂さんから祝われたくねえのかよってこと! 俺は鈴香に祝われたい!」
「俺は別に何も思わない」
答えると、秀人は頭を抱えてその場に蹲る。
「そういや、お前ってそういう奴だったな……!」
何なんだ、一体。
秀人は蹲る姿勢のまま、顔だけを上げて俺に再度訊ねてくる。
「なあ、本当に何も思わないのか?」
「そこまでして祝われたいとは思わない」
「はぁ〜」
クソでかいため息を吐かれ少しイラッときたが、堪える。
祝われるのは嫌ではない。でも、そんな前振りまでして祝われるのは、祝われる嬉しさ以上に気が引けてしまう。
それに、俺の誕生日は時期が時期のため、寂しいとも思ったりしない。
「加茂さんって子とは仲が良いんだよね」
――突然、和哉が口を挟んできた。
その質問の意図が読めず、俺は戸惑いながらも正直に答える。
「悪くはない」
「それじゃあ、光太は加茂さんの誕生日、祝いたくない?」
……滅茶苦茶祝いたいと思う訳ではないが、知っていればちゃんと祝おうとは思う。
「別に祝いたくない訳じゃねえけど」
「加茂さんの誕生日がこの夏休みの間だったらどうする?」
「…………」
「早く聞いておけばよかったって、光太なら後悔するよね」
和哉の言葉を、俺は否定できなかった。
「それに、加茂さんも光太の誕生日、祝いたいって思うんじゃないかな」
「加茂さんが?」
「仲良いんだろう? 友達の誕生日を祝いたいって思うのは普通だと思うよ」
……一理ある。
加茂さんはイベント事が好きだ。体育祭だって楽しんでいたし、文化祭や修学旅行も楽しみにしている。
ハロウィンやクリスマスも楽しみにしてそうだ。神薙さんの誕生日だって、彼女なら絶対プレゼントを用意するのだろう。
「ま、俺は加茂さんのこと、よく知らないからあんまり言えないけど」
「……はあ」
「光太?」
和哉に諭されたのは癪だったが、それに納得してしまった俺も俺だ。
「和哉さん、グッジョブっす……!」
「え? あ、ああ、役に立てたのならよかったよ」
今度、さりげなく聞いてみるか……。
* * * *
[起きてる?]
夜、和哉からライナーが送られてきていたことに気がつく。時刻を見ると、それは10分前に送られてきたものだと分かる。
返事はすると言った手前、既読スルーもできない。だから、一応返事はしておく。
[寝てる]
[起きてるよね!?]
10分も前に送られてきたライナーの返事に、すぐに既読が付いたかと思えば、返信も異常に早かった。
まさか、俺の返事をずっと待っていたのだろうか。
スマホの画面を見つめて返信を待つ和哉を想像してみる。
……あり得そうではあるが、ちょっと引いた。そして、お前は乙女かと突っ込みたくなった。
そんな思いを抑えながら、俺は文字を打ち込んで用件を訊ねる。
[何]
既読はまたすぐに付いたが、返信は少し間が空いて返ってきた。
[日和さん、元気にしてる?]
それを見た俺は、手が止まってしまう。
和哉は俺の返信を待たずに、続けて送ってきた。
[母さんからの伝言]
[太陽が死んだことにあなたが責任を感じる必要なんてない]
[私達はあなたを恨んだりなんてしてない]
[だから、もし、貴女自身の心に踏ん切りが付いたら、顔を見せに来て]
[待ってるから]
[だって。まあ、去年とほぼ同じ内容だけど、伝えておいてくれないかな。光太の口から言いにくかったら、この会話そのまま見せても構わないから]
太陽というのは、俺の父さんの名前だ。
消防士、赤宮太陽。火を消すのが仕事なのに、逆に全て燃やしてしまう勢いのある名前である。
あの事故――父さんが死んだのは、夏休みだった。
母さんは未だにあの事故を引きずっている。父さんの実家にも、あの事故以来、ずっと顔を出せずにいた。
叔母さんが母さんを心配してくれているのは知っている。母さん自身も。
でも、母さんは叔母さんに会おうとはしない。きっと、合わせる顔がないと思っているのだろう。父さんが死んだのは母さんのせいじゃないのに。皆、そんなこと分かっているのに。
結局、これは母さんの気持ちの問題。母さんが自分を許す他に、解決する方法はないんだと思う。
叔母さんもそれが分かっているから、会いには来ないんだと思う。
……だから、俺は父さんが嫌いだ。自分が死んで、苦しむ人がいることを考えなかったであろう父さんが。
[分かった]
俺は一言そう返した後、部屋を出た。





