加茂さんと少し慣れたビデオ通話
夜、俺のスマホに一件の通知が入る。
通知を確認すると、それは加茂さんからのライナーだった。
[(๑╹○╹๑ )]
しかし、送られてきたのは顔文字だけで、それ以降は何も送られてこない。だから、俺から返信して訊ねてみることにした。
[どうした?]
返信した瞬間に既読が付き、僅か一分足らずで返事が返ってくる。
[電話していい?]
時計を見れば、まだ22時を過ぎたばかり。寝るにはまだ早い時間帯だ。
俺は特に迷うことなくビデオ通話のボタンを押す。
通話はすぐに繋がった。
画面に映った加茂さんは緩い部屋着姿で、こちらに手を振ってくる。
「それで、何か用か?」
「…………(ふるふる)」
加茂さんは首を横に振る。用はないらしい。
……ない?
「は?」
『いきなりごめんね』
俺が思わず漏らした声に、加茂さんは申し訳なさそうにボードをこちらに向けてくる。
「あ、いや、怒ってない」
どちらかと言えば、困惑していた。
過去の通話は全て、俺に用件があった。しかし、今回の通話はそんな些細な用件すらない。
『話そ(๑╹ω╹๑ )』
「……そうだな」
「…………(こくん)」
加茂さんが頷くと、お互いに沈黙してしまう。
いつも通り、気の利いた返しができない自分に嫌気が差す。俺、全く成長してないな……。
通話開始早々に軽い自己嫌悪に陥っていると、加茂さんがボードに文字を書いてこちらに向けてきた。
『今日は楽しかった
\(๑>ω<๑ )/』
「俺も楽しかった」
加茂さんが笑うと、俺も自然と頰が綻ぶ。
そして、再び彼女はボードにペンを走らせた。
『ウォータースライダー
滑ってくれてありがとう』
「……あー、うん。どういたしまして……」
加茂さんが楽しんでくれたのなら良かったのだが……あれは疲れた。本当に。
加茂さんのお腹に触れた手の感触だって、実はまだ残っている。
彼女のお腹は、日頃からケアでもされているかのようにスベスベで柔っこくて、正直、良かった。機会があったら、また触れてみたい中毒性が……。
「ふんっ」
「…………(ぎょっ)」
俺は自分で自分の顔を殴った。
素直に気持ち悪い思考をしている自分に耐えられなかったのだ。何だよ、中毒性って。
自分の思考回路に再び自己嫌悪したり突っ込みを入れたりしていると、加茂さんは慌てた様子でボードに文字を書き殴ってこちらに向ける。
『何してるの!?』
「何でもない。大丈夫、俺は正気だ」
『うそだよね!?』
「嘘じゃない。あと、また肩出てるぞ」
「…………(ばっ)」
俺が指摘すると、加茂さんは即座に自分の服右肩辺りを引っ張って肌を隠す。
すると、今度は左肩が出てしまった。彼女はすぐにそれに気づき、服の左肩辺りを引っ張る。
――彼女の右肩が再び露出する。
「……前から気になってたんだけど、その服、サイズ合ってないだろ?」
特に首回り。襟が左右どちらかに偏れば、必ず片方の肩が出てしまっている。
『合ってるよ』
しかし、加茂さんはそんな俺の言葉を否定し、続けてボードに書き連ねた。
『合ってるよ
元々こういう服だから』
どうやら、片方の肩が出るのは仕様だったらしい。
言ってくれればよかったのに。今まで気づかずに指摘してしまっていた。
そもそも、どうして加茂さんは肩を隠したがるのだろう。そういう服なら、別に堂々としていればいいと思うのだが。
「だったら肩隠さなくてもよくね?」
『そうなんだけど
少し恥ずかしい』
「……そっか」
お互いに沈黙し、気まずい空気が流れる。
――この空気の中、先に動いたのは加茂さんだった。彼女はボードに文字を書いてこちらに向ける。
『次会うのは文化祭
準備の時かな?』
「……そうだな」
夏休み最後の週、文化祭の準備のために何日か登校することになっている。
今更ながら気づいた。明日以降、しばらくの間、加茂さんと会わなくなるということに。
それは当たり前のこと。しかも、会わないといってもたった二十日間の話だ。
……どうして、少し寂しいと思ってしまうんだろう。分からない。分からないから、モヤモヤする。
『ちょっと寂しいね』
「……だな」
加茂さんも同じだったようだ。自分だけじゃないことが分かって、少し安心してしまう。
「…………(ふわぁ)」
加茂さんが口元を押さえて欠伸をする。そんな彼女を見て、俺も眠くなってきた。
「そろそろ終わるか」
「…………(こくり)」
通話終了を切り出すと、加茂さんも頷く。
「じゃあ、また学校で。おやすみ」
『おやすみ!
\(๑╹ω╹๑ )/』
ボードをこちらに向けて微笑む加茂さんに軽く手を振りつつ、俺は通話を切った。
そのまま、ベッドに寝転がる。
眠りにつこうと目を瞑ると、スマホの通知を知らせる音が鳴った。なんて間の悪い。
そして、その通知を薄目で確認して――思わず顔をしかめてしまう。
[今年も来れる?]
その文を送ってきたのは青城和哉。彼は俺の父さんの姉の子で、俺と歳が七つ離れた従兄弟である。
俺は面倒臭く思いながらも起き上がり、机の引き出しから一通の封筒を取り出す。
その中身を確認すると、入っていたのは千円札と五百円玉が一枚ずつ。
「……はぁ」
所持金の心許なさにため息が漏れる。
俺は部活に入ってはいないが、アルバイトもしていない。だから、使えば金は減っていくだけ。増えることなんてないのだ。
学校の校則ではテストで赤点を取らなければ基本OKなのだが、面倒臭いからやっていない。普段から遊びに行くことも少なかったので、金が必要なかったというのもある。
しかし、最近は花火大会に行ったり、水着を買ったり等、色々と使ってしまった。
そろそろ補充しなければ、金が尽きるのは目に見えてる。
母さんに言えば、きっと貰えると思う。
でも、それは俺が嫌なのだ。別に家が貧乏というわけではないが、できるだけ母さんに苦労はかけたくないから。
……今回に関して言えば、最初から選択肢なんてない。
[行く]
俺は憂鬱になりながらも一言、和哉に返信したのだった。





