加茂さん達と帰りの電車
ウォータースライダーを無事に滑り終えた俺達は、神薙さんと合流後、時間も時間なので昼食を取ることにした。
軽食を買ってレジャーシートを広げた場所まで戻り、テーブルを囲むように座る。
各々が買ったものを食べながら、俺と加茂さんはウォータースライダーを滑った感想を神薙さんに報告する。
『ウォータースライダー
しばらく乗らなくていいかな』
「俺も……」
「そんなに怖かったの?」
神薙さんは異常に疲弊している俺達を見てか、不思議そうに訊ねてくる。
俺と加茂さんは、お互い顔を見合わせて苦笑する。それから、神薙さんの質問に答えた。
「ある意味な」
「…………(こくん)」
そもそも、精神的にここまで疲弊するなんて思ってもみなかった。まあ、それはウォータースライダーのせいとも言えないけれど。
『でも楽しかった
ありがとう』
「……ああ」
初のウォータースライダーが忙しないものとなってしまったが、加茂さんが楽しめたのなら何よりだ。俺も煩悩と奮戦した甲斐があった。
『赤宮君は?』
「まあまあ」
「何よそれ」
「普通。まあまあ、楽しかった」
つまらなくはなかったが、残念ながら100%を楽しむ余裕はなかった。だから"まあまあ"なのだ。
改めて思う。本当に疲れた。午後はゆったり泳げないと、体力が保たない気がする。
俺が午前のプールのことを少し思い返しながら、体の力を抜いてぼーっとする。
「……ん……」
加茂さんがボードをこちらに向けてきていることに気づいた。
『疲れちゃった?』
「……少し。普段こんなに体動かさないから」
「そうなの? 赤宮君って運動神経ある方って聞いてたんだけど」
「体力は別だ」
俺自身、平均以上の運動神経があると自負している。
ただ、普段から運動している訳ではないため、体力に関してはあまり自信がない。秀人なんかと比べたら確実に負ける。
――不意に、俺の両肩に手が乗る。
「加茂さん、何してんの」
加茂さんは俺の後ろに立って、俺の肩に手を乗せたのだ。
勿論、彼女が喋ることはない。その代わりに、手を動かして俺の肩を揉み始めた。
「……ありがとう?」
戸惑いつつも、お礼は言っておいた、
一応、労ってくれているのだと思う。正直、揉む力が弱すぎて全然ほぐれていないが、その気持ちは嬉しかった。
しかし、これ以上続けても彼女が疲れるだけ。
だから、もうやらなくてもいい……そう言おうとした。
「…………(ひょこ)」
加茂さんが横から顔を覗かせる。
それから、恐らく"どう?"という意味なのだろう。彼女は俺を見つめながら、小首を傾げたのである。
「丁度いい」
俺は今言おうとした言葉を飲み込んで、一言そう答えた。
すると、彼女は安心したような笑みを見せて、肩揉みを続ける。
――加茂さんが俺のために揉んでくれていると思うと、体が直接癒されなくとも心は癒される。
彼女の厚意が、思いのほか心地いいと感じてしまった。もう少しだけ続けてほしいという欲が勝ってしまった。
「お爺さんとその孫みたいね……」
神薙さんの呟きは聞き流して、俺はしばらく加茂さんに肩を揉まれ続けたのだった。
* * * *
17時過ぎ、俺達は電車の中、会話もなく静かに揺られる。
プールは18時までだったが、帰りの電車が混んでしまうことも考えて早めに出たのだ。
そのおかげで帰りの電車はそこまで混んでおらず、三人とも座れた。かなり疲れていたので、座れて本当に良かったと思う。
――昼食後、俺達は波のプールに行ってみたり、ビーチボールで遊んだり、温水プールで一休みしたり……とにかく遊び尽くした。
午後はゆったりするつもりが、気がついたら午前中より動いていた気さえする。
加茂さんは割と常にはしゃいでおり、神薙さんも一緒になってはしゃいでいるように見えた。
……そして、俺もそんな二人に影響されてしまった。童心に帰って遊べて楽しかったが、疲労のせいで体がとにかく重い。
夏休み中は全く運動をしていない。きっと、明日は筋肉痛に苛まれるだろう。そう考えると憂鬱だ。
「赤宮君」
神薙さんに声をかけられ、そちらに目を向ける。
うとうとしている加茂さんの隣に神薙さんが座っており、彼女は柔らかい笑みを浮かべていた。
「どうした?」
「今日は来てくれてありがとね。今度お礼するから」
「……いらねえよ」
むしろ、礼を言うのはこちらの方だ。
「誘ってくれてありがとな」
「……楽しかった?」
「ああ」
「そう」
俺が一言だけ答えると、神薙さんも一言だけ答える。そして、彼女が前を向いたので俺も前を向く。
俺達の会話はそこで終わった。
――しばらくして、右肩に重みがかかる。
隣に目を向ければ、加茂さんが俺の肩に寄りかかってきていた。目は完全に閉じていて、微かな寝息も聞こえる。
更に隣の神薙さんは起きてはいるようだが、うつらうつらと頭が電車の揺れと共に揺れている。今にも眠ってしまいそうだった。
「神薙さん」
「……んぁ、な、何?」
「寝てろ。加茂さんも寝てるし、二人とも後で起こしてやるから」
「……お願い……」
神薙さんは瞼を閉じるとカクンと頭が下がり、微動だにしなくなる。
もう眠ってしまったみたいだ。よっぽど疲れていたのだろう。
「……ふあぁ……」
気持ちよさそうに眠る二人を見ていると、こちらも欠伸が漏れてしまう。
正直な話をすると、俺も眠かった。しかし、俺が寝てしまえば、三人揃って電車を降り過ごしてしまう。だから、俺は寝てはならないのだが……。
「眠ぃ……」
これが結構辛い。気を抜いた瞬間に瞼が閉じてしまいそうだ。
それでも、俺はその重い瞼を根性だけで持ち上げる。半分、使命感のようなものだった。
その後、俺は眠気との孤独で壮絶な戦いを繰り広げた――。
赤宮君が使命を無事に果たして二人と別れた後、睡魔に負けて一人電車を降り過ごしたりしますが、それはまた別のお話……。





