加茂さんと居残り勉強
「どうしてこうなった……」
「…………(きょとん)」
俺は黒板の文字を見て、頭を抱える。
現在、学年種目である二人三脚リレーのペア決めをしていた。
うちのクラスは男21人、女21の計42人。俺はこれだけでも確認しておくべきだったのかもしれない。
……そう、同性同士で組が作られていくと、必然的に男女一人ずつ余るのだ。
そして、男子の余りが俺で、女子の余りが加茂さんだった。
「なあ、無理しなくたっていいんだぞ」
『無理してない!』
最初、俺は反対した。自分は出なくてもいいから別の女子と組ませるべきだと。
しかし、ここで一つ問題が生じた。加茂さん、女子にしては足が滅茶苦茶速いらしい。
50m走の記録を聞けば、6秒70……男子でも6秒台はいるが、女子にしては凄まじい記録であり、彼女の足に追いつける女子がクラスに一人もいなかった。
加えて、一緒に声を出せないのも大きい。二人三脚という種目はそれによって難易度が上がってしまうからだ。
なので、ペアの相手はコミュニケーションを取ったことがある人に限られる。
残り物になったのは単なる偶然だが、俺は加茂さんのペアとして最適と言えた。男であることを除けば。
そして、一番の問題だ。
彼女は俺と組むか聞かれて、『OK!』と二つ返事で了承してしまったのだった。
「何でOKしたんだよ」
『ダメだった?』
「駄目じゃないけど」
既に21走目に書かれている名前を見て、俺は頭を抱える。
よりにもよって最終走者なのも謎だ。もっと他に適したペアがいただろ。
『アンカー頑張ろ!』
「ノリノリかよ」
嬉しそうに笑う加茂さんに突っ込みを入れる。
最後なんて普通は嫌がる人が多いのに、どうしてそこまで喜べるのだか。彼女は感覚が少しズレていた。
そんな彼女の笑顔に水を差すこともできず、俺は軽くため息を漏らす。
「…………(ちょんちょん)」
「……何だ?」
横から肩をつつかれて加茂さんを見ると、先程の嬉々とした顔から一転、寂しそうな表情と共にボードを見せてくる。
『私と走るの
嫌だった?』
その質問は卑怯だと思う。そんな風に聞かれたら"嫌だ"なんて言えない。
……そもそも、嫌じゃない。女子と走るのが気が引けるだけだ。
「そんなこと言ってない」
「…………(じー)」
「嘘もついてないから」
「…………(ほっ)」
安堵している加茂さんを見ていると、俺も何故だか安心する。理由は分からないが、落ち着いた気持ちになれてしまう。不思議だ。
とりあえず、腹を括ろう。決まってしまったものは仕方ない。やれるだけやってみようじゃないか。
――そのためにも、加茂さんにはやってもらわなければならないことがある。
「まずは足を治せ。今日の体育は特別許したけど、次は許さないからな」
「…………(がーん)」
「体育祭までに治らなくてもいいのか」
「…………(うー)」
「そこ迷うな。素直に足治せ」
加茂さんは体育祭好きそうだし、出るなら万全の状態で出たい筈だ。それぐらい聞かなくとも分かる。
「まあ、その前に中間テストだけどな」
俺が何気なく呟いた言葉に、加茂さんは固まった。
「加茂さん?」
「…………(ちーん)」
「加茂さん!?」
加茂さんは死んだ目で虚空を見つめていた。
――その後、再起動した彼女から、勉強が大の苦手であることを知らされた。
* * * *
「準備はいいか?」
「…………(ごくり)」
「本当にいいんだな」
「…………(こくん)」
加茂さんから、ただならぬ覚悟を感じる。こんな表情の加茂さんは初めて見る。
そうか、そこまで本気なのか。これは俺も全力でやらなければ、真剣な彼女に失礼というものだろう。
そして、俺は開始を宣言した。
「じゃあ、勉強始めるぞ」
「…………(ぺらっ、ばたん)」
「早い早い早い早い早い」
1ページ目から机に突っ伏した加茂さんに、俺はすかさず突っ込んだ。
問題文、碌に読んでないだろ。まさに勉強嫌いここに極まれりである。
――場所は放課後の教室。俺達は二週間後の中間テストに向けて勉強をしている。
というより、加茂さんに勉強を教えてほしいと頼まれた。話を聞けば、彼女の成績は赤点ギリギリなんだとか。
まあ、俺は帰宅部だから基本的に放課後は暇だ。それに、頼られる分には悪い気もしない。
あと、人に教えることで俺も授業の復習ができる。断る理由はなかった。
「はい、まずは読め」
「…………(ぺらっ、じー)」
俺の指示通り、加茂さんは教科書の問題文を見つめ……睨みつけている。
「問題を威嚇しても簡単にはならないからな」
「…………(はっ)」
加茂さんは我に返ったらしい。一度教科書から目を離し、もう一度問題を見つめ始める。
――その後、加茂さんは意外にも真面目に問題に取り組んでいた。
俺は時々、加茂さんの質問に答えるだけ。あと、彼女が寝ないように監視もしていた。
加茂さんは勉強の飲み込みが決して悪い訳ではない。教えれば、ちゃんと理解してくれる。
「…………(ぐでーん)」
「お疲れ様」
6時を過ぎた頃、今日のテスト勉強を終えた加茂さんは、力尽きるように机に突っ伏した。
俺は熱心に頑張っていた彼女に労いの言葉をかけ、先程自販機で買ってきたコーヒー牛乳を彼女の机に置いた。
「…………(ぱあっ)」
「……お気に召したようで何よりだ」
加茂さんは表情を明るくさせて、ゴクゴクと勢いよく飲んでいく。そして、案の定噎せていた。
そんな忙しない彼女を横目に、俺は無糖のコーヒーを口に含む。
『今日はありがとう!
明日もよろしくね!(^ ^)』
「……おう」
もしかして、これってテストの日まで続くのだろうか。
今更それに気づいた俺は、カレンダーに書かれたテストの日付を見て、苦笑するしかなかった。