加茂さんは女の子
「……何か見つかったか?」
『悩む』
「……そっか」
俺は現在、女性物の水着コーナーに居る。当然、加茂さんと共に。
――あの後、俺達はそれぞれ自分の水着を探すために別れた。
が、俺は水着に特に拘りもなかったため、すぐに終わってしまったのだ。
因みに、俺が買ったのは黒い水着で、横に赤のラインが二つ入っているシンプルなもの。専門店だから高いのかと思って色々見たが、意外とそうでもなかった。
水着を買った俺は、そのことを加茂さんに伝えておこうと彼女を探した。そして、見つけた彼女はまだ水着を選んでいる最中だった。
……それから、一緒に見ることになってしまった。これ以上することもなく、断る理由が思いつかなかったのである。正直に"気恥ずかしいから"と断るのも、加茂さんに悪い気がした。
結局、最初に断った意味もなくなってしまった。こんなことなら、もう少し時間をかけて選べばよかったと少し後悔している。
「…………(ちょんちょん)」
「ん?」
固いもので突かれ見ると、加茂さんが二つのハンガーに掛けられた水着を手にしていた。
片方はオレンジ色の水着で、透けている黄緑色のパレオがセットで付いている。もう片方は水色の水着に白のフリルが付いたようなデザインだ。
加茂さんは真顔でこちらに視線を送ってくる。
「…………(じー)」
まさか選べと?
「…………(じー)」
……そのまさからしい。
俺はその二つの水着と加茂さんを交互に見る。彼女が着ている状態を想像するためだ。
加茂さんのチョイスは、そこそこお洒落なのではないかと思う。どちらも純粋に可愛いと思えるものだが、比べるとそれぞれ印象に差はある。
色だけで考えると、パレオ付属の水着は明るい印象だ。対して、フリルの付いた水着は少し大人しい。今日の加茂さんの服装に似た雰囲気だ。
しかし、デザインで考えると、前者はパレオの存在が子供っぽさを消している。逆に、後者はフリルによって無邪気さが生まれている。
……女性物の水着をこんな真面目に考察してると、自分が変態に思えてきた。辛い。
さっさと決めてしまいたいところだが、適当に決めることもできず、どうしても悩んでしまう。
「うーん……」
「…………(そわそわ)」
「んー……」
「…………(ずいっ)」
「うおっ」
悩んでいると、突然、加茂さんに水着を押し付けられる。
俺がその二つの水着を受け取ると、加茂さんは肩に掛けていたトートバッグからホワイトボードとペンを取り出す。そして、文字を書いてこちらに向けてきた。
『試着してみるね』
「試着?」
俺の理解が追いつく前に、加茂さんはバッグにボードをしまって俺から水着を受け取り、店の奥に歩いて行ってしまう。
「…………(くいくい)」
「え、あ、はい」
手招きされて、俺は加茂さんを追いかける。
彼女は既に店員さんと何かを話している……というより、ジェスチャーで何かを伝えていた。
「加茂さん?」
後ろから声をかけると、加茂さんと店員さんが同時に俺を見る。
二人とも少し困ったような表情で、なんとなく理由は察した。
「お連れ様でいらっしゃいますか?」
「はい」
「……大変申し訳ございませんが、通訳を頼んでもよろしいですか……?」
俺の予想は当たっていた。加茂さんは両手塞がっているため、店員さんと上手く会話ができなかったのだろう。
さて、二人のやり取りを最初から聞いていなかったが、加茂さんは動く前に"試着してみる"と言っていた。なら、店員さんに伝えたい内容はこれしか思い浮かばない。
「"試着室借りていいですか"って言いたいんだと思います。合ってるか?」
「…………(こくこく)」
加茂さんに確認を取ると、彼女は何度も頷く。当たったみたいだ。
店員さんを見ると、彼女はニコッと営業スマイルを見せて言った。
「お声かけ、ありがとうございます。試着室のご利用は私共に声をかけなくても結構ですよ。折角なのでご案内させて頂きますね」
「ありがとうございます」
「…………(ぺこり)」
店員さんに案内されて、俺達は奥の試着室へと案内される。
「では、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございました」
「…………(ぺこり)」
俺達は礼を言うと、店員さんは再び営業スマイルを見せて去っていった。
そして、加茂さんに片方の水着を押し付けられる。
「持ってればいいのか?」
「…………(こくこく)」
加茂さんは頷く。俺が水着を受け取ると、加茂さんは試着室の中に入っていく。
カーテンが閉じられ、俺はその試着室に背を向けて待つ。
「どう?」
「おー! 可愛い可愛い!」
「じゃーこれにしようかな!」
空きの試着室を二つ挟んで、俺達と同年代と思われる男女の声が耳に入ってくる。
……分かってはいたが、とても居たたまれない。
俺は今、女性物の水着を持って試着室の前で突っ立っている。何も知らない人から見たら、俺はただの変態に見えるのではないだろうか。
だからといって、この状況を改善する案も思い浮かばない。我慢、するしかないのだろう。
「…………(ちょんちょん)」
「ん」
背中を突かれ振り返ると、加茂さんはカーテンの傍から顔と右腕だけを出していた。
「着替え終わったのか?」
「…………(ぽりぽり)」
加茂さんは困り顔で頰を掻く。まさか、着替え終わってないのか……?
「……着替え終わったら呼んでくれ」
着替え終わってないのにも関わらず、何故俺を呼んだのか。その真意は不明だ。
とりあえず、俺はもう一度試着室に背を向けようとして、加茂さんに腕を掴まれた。
「……?」
もう一度加茂さんの方を見る。
「――っ」
試着室のカーテンは開いており、その先に居た加茂さんを見て俺は言葉を失った。
それぐらい、彼女の水着姿は衝撃が大きかった。
元々、俺の加茂さんへの認識は、放っておけないクラスメイト。"女子として見る"ということは、意識的にしてこなかった。
意識してしまえば、変に緊張して会話しづらくなるからだ。だから、できるだけ"一人の親友"として接してきた。勿論、男女の距離感は気をつけていたけれども。
しかし、加茂さんの水着姿は、彼女を女子として見ざるを得なくさせた。
女子であると、彼女の胸部がはっきりと主張ししていたのだ。
彼女の胸部は、綺麗な谷間が見えるぐらいの大きさ。普通が分からないので何とも言えないが、それが決して小さい方とも思えない。
元々、加茂さんは身長が低い。その影響で、少しばかり強調されて見えてしまうのかもしれない。
――そんな少々荒ぶり気味の俺の邪念は、目の前に現れたホワイトボードによって遮られた。
『見過ぎ』
加茂さんは頰を赤らめ、ボードで自分の胸元を隠すような仕草を見せる。
「……ごめん」
俺は視線を横に逸らした。すると、逸らした先に回り込むように、再びボードが目の前に現れる。
『見ないでとは言ってない!』
「じゃあどうしろと」
『聞きたいことがあって』
「聞きたいこと?」
加茂さんはボードに文字を書いてから、そのボードと共に黄緑色の薄い布を前に出した。
『巻き方
分からない』
その薄い布は付属のパレオだったらしい。
彼女の下半身に目を向けると、確かに加茂さんはパレオを巻いていなかった。
……足、綺麗だな。
「…………(さっ)」
加茂さんは俺の視線に気がついたのか、今度はボードで下半身を隠す。
「……本当ごめん」
弁解の余地もなく、俺は視線を逸らして謝ることしかできない。
あと、俺も正しいパレオの巻き方は知らなかった。
――その後、加茂さんにそれを伝えると、彼女は諦めてもう一つの水着を試着することに決めたのだった。





