加茂さんと俺の倫理観
「…………(もきゅもきゅ)」
デパート内の一階にあったハンバーガーチェーン店、"マクトナルト"で俺達は少し早めの昼食を取っていた。
俺は既に食べ終わっていて、今は加茂さん待ちだ。
彼女が未だに食べ終わらない理由は、食べるスピードが遅いのではない。量の問題である。
なんと、彼女は四つ目のハンバーガーを食しているのだ。加えて、この他にもポテトとナゲットも食べていた。
「よく腹に入るな」
「…………(もきゅ?)」
「そんなに腹減ってたのか?」
「…………(こくこく)」
加茂さんはハンバーガーを頬張りながら頷く。
不思議なことに、そんな彼女を眺めていると心が落ち着く。合流当初の俺の取り乱しは何だったのだろう。本当にどうかしていたと思う。
特にすることもなかった俺は、ハンバーガーを頬張る加茂さんをぼんやり眺める。
ペットの餌やりを眺めている感覚に近い。俺の家では何も飼っていないが、ペットを飼ったらこんな感じになるんだろうな。
……なんか、可愛いな。
「っ(ぶふっ)、けほっ、っっ(〜〜!)」
「加茂さん!?」
突然、加茂さんは吹き出し、むせ、苦しみ悶え始める。呻くような声も聞こえた気がした。
「ほら、飲み物っ」
「…………(ちゅー)」
加茂さんに飲み物を飲むように促すと、彼女はジュースを手に取りストローを咥えた。
しばらくして、多少落ち着いたらしい加茂さんは疲れたように肩で息をする。
「大丈夫か?」
「…………(じとー)」
「……俺、何かしたか?」
加茂さんに声をかけたら、ジト目を向けられてしまった。しかし、俺にはその理由が分からない。
「…………(はぁ)」
今度は呆れた風な表情を見せてきた。けれど、彼女は何も言わずに、再びハンバーガーを食べ始める。
疑問は残ったままだが、加茂さんに話す気はないらしい。俺はまた、彼女が食べ終えるのを大人しく待つことにした。
最後のハンバーガーを食べ終えた加茂さんはボードに文字を書く。
『お待たせしました』
「そんなに待ってないけど」
これは気を遣っている訳ではなく、俺の本心だ。
ハンバーガーを頬張る加茂さんを眺めていたら、この待ち時間もあっという間だった。
『行く?』
「その前に一つ聞きたい」
本日の目的である買い物に行く前に、彼女に一つだけ訊ねる。
「加茂さんって普段からそんなに食べてるのか?」
俺が作っている弁当は、ごく普通の大きさの二段弁当だ。
それに対して、加茂さんが今食べた量はいつもの弁当の量を優に超える。だから、普段俺が作っていた弁当の量は、実は全然足りていなかったのではないかと不安になった。
――が、その心配は杞憂だった。
『今日は特別』
「特別?」
『朝ご飯食べてない』
「食えよ」
『食べる時間なかった』
「……寝坊か」
「…………(てへっ)」
「てへっ、じゃねえ」
俺の心配を返せ。
その後、俺達は出発。デパート内を歩いて移動すること五分、本日の目的地に到着した。
「……専門店?」
「…………(ぐっ)」
俺が念のため確認を取ると、加茂さんはしたり顔で親指を立てる。その顔の理由は謎だ。
彼女に案内されて着いた店は、まさかの水着専門店だった。
入る前に、軽く店を覗いてみる。
専門店にしては、店は広かった。それに、女性の水着のゾーンがやけに広い。普通、こういうものなのだろうか。
あと、全体的に明るくて眩しい。俺が入るのが間違いなのではないかというぐらい眩しい。
「…………(くいくい)」
「ん?」
服を引っ張られて振り向くと、加茂さんがこちらにボードを向けていた。
『入ろ?』
「……入るか」
折角来たんだ。腹を括ろう。入ってみたら気にならなくなるかもだし。
そうして、俺達はようやく店に足を踏み入れた――。
「……加茂さん」
「…………(こてん)」
俺が呼ぶと、隣に立つ加茂さんは小首を傾げる。
「何で男物の水着コーナーに居る?」
「…………(きょとん)」
そう、ここは男性水着コーナーであり、女性水着はない。
俺は自分の水着を選んでいるが、加茂さんは眺めているだけ。実際、彼女がここに居る意味はないのだ。
『駄目かな』
「駄目じゃないけど、自分の水着選んでこいよ」
『それ一緒に来た意味
ない(´・△・`)』
一緒に来た意味? 俺としては店に案内してもらえた時点で結構意味があったと思っていた。しかし、加茂さんは違うらしい。
『一緒に見ようよ』
「うん?」
一緒に見るということは、俺の水着を加茂さんと選ぶということ。そして、加茂さんの水着も二人で選ぶということで……。
「それはどうかと思う」
俺はやんわりと拒否の意を示し、加えて彼女に確認する。
「加茂さんの水着も一緒に見るってことになるんだけど、そこのところ加茂さんは分かってるのか?」
「…………(こてん)」
俺の言葉に、加茂さんは再び首を傾げる。
『分かってるよ?』
「……分かってるのかー……」
どうやら、分かっていたらしい。俺はその場で頭を抱えた。
彼女に問題がないのなら、後は俺の気持ちの問題だ。
ただ、俺の倫理観だと、男女で水着を選ぶのは恋人とかそういう関係でない限り普通行われないと認識してる。
……そう、認識してる。俺の認識が間違っている可能性もなくはないが、間違ってないと信じたい。
「…………(ちょんちょん)」
「……ん、どうした」
『一人で選びたかった?』
加茂さんは不安げにボードを持って口元を隠している。
正直、俺の水着は加茂さんと選ぼうが一人で選ぼうがどちらでもいい。
けれど、やはり加茂さんの水着を一緒に見るというのが……結局5日には見ることになるのだが、どうしても気が進まない。
決して嫌ではない。それは予め否定する。それどころか、自分の欲に素直に従うのならば、彼女が何を選ぶのかちょっと興味もある。
――しかし、気恥ずかしい。あと、何も邪念を抱かずに彼女の水着を見れるとも言い切れない、そんな不安があるのだ。
「まあ、そうだな」
結果、俺の理性が欲に打ち勝ち、そんな言葉を返していた。
そうはさせない(作者の鋼の意志)





