加茂さんは忙しない
〜前話までのあらすじ〜
『花火大会が終わったよ!』
8月2日、今日は加茂さんと水着を買いに行く日だ。
電車に乗って学校の最寄駅に着いた俺は、改札付近で加茂さんを待つ。
「……暑い……」
余計に暑く感じるのは分かっている。それでも、口に出さずにはいられなかった。
来る前に天気予報を確認したきたが、今日は一日中晴れ予報。
加えて、猛暑日とも言っていた。尋常じゃない暑さで、日陰に居てもキツいぐらいだ。来る途中に自販機で買ったお茶も、既に半分飲んでしまっている。
――不意に、背後から肩をトンッと何かで小突かれる。
俺はそれが誰によるもので、何で小突かれたのかすら見なくても分かった。
「おはよう……って時間でもないか」
「…………(ぴーす)」
振り返ると、そこに居たのは予想通り加茂さんだった。
手にはボードを持っていて、片手でピースサインを向けてくる。その手の意味は、恐らく挨拶だろうか。
――それから、彼女の服に視線を移した俺は、少し驚いてしまった。
今日の加茂さんは真っ白な膝ぐらいの丈のワンピースを身に纏っている。いつもの明るい雰囲気とは打って変わって、綺麗でお淑やかな装いだ。
普段、学校以外で会う時の加茂さんはパンツ系の服ばかり……今思えば、学校の制服以外で彼女のスカート姿を見たことがなかった。
「…………(にこっ)」
「っ」
加茂さんの笑みに、不覚にもドキッとしてしまう。
これが俗に言う"ギャップ効果"というものか。話には聞いたことがあったが、想像以上の破壊力だ。
「…………(きょとん)」
「あ、あー、その……」
加茂さんは俺のことを不思議そうに見つめてくる。
しかし、俺は自分の頭の整理がつかない上、戸惑いを隠しきれなかった。そのせいで、なんとも情けない言葉を返してしまう。
すると、彼女はそんな俺の反応に対し、徐にボードに文字を書いて訊ねてきた。
『服、やっぱり変?』
「え?」
『この服、お母さんに
着ていきなさいって言われて』
『やっぱり合ってないよね』
苦笑しながら、加茂さんはボードをこちらに向ける。
ボードに書かれた言葉は、まるで自分を卑下するような物言いだった。
「そんなことない」
思わず口から飛び出した否定の言葉。その勢いのまま、俺は言ってしまった。
「似合ってる。綺麗で、かわ、ぃぃ……と思う」
言い慣れない言葉のせいで、後半の語気が弱まってしまう。
そもそも、後半は要らなかった。俺は加茂さんの"自分に似合ってない"という言葉を否定したかっただけだ。
そのことに気づいて余計に恥ずかしくなった俺は、顔を伏せたくなる気持ちに堪えながら、彼女の様子を窺う。
「…………(あぅぅ)」
加茂さんは顔を真っ赤に染め、両手で自分の頰を挟んでいる。普通に照れていらっしゃった。
そして、そんな彼女を見て第一に浮かんできた感想は、"可愛い"だった。
……思考がおかしくなっている自覚はある。一旦、落ち着くべきだろう。
今日は偶々、加茂さんの雰囲気がいつもとほんの少し違うだけ。何をそこまで動揺する必要がある? 否、動揺する必要などない。
そうだ。いつも通り接すればいいんだ。いつも通り、いつも通り……。
「加茂さんっ」
「…………(びくっ)」
「早く、行こう。ここ、暑いから」
片言になってしまった言葉と共に、俺は加茂さんに向けて手を差し出す。彼女は面食らったように俺の手を見つめてきた。
……本当に俺は何をしてるんだろうか。加茂さんが固まるのも当たり前だ。俺だって、突然手を差し出されたら固まる自信がある。
冷静になった俺は、加茂さんに向けて差し出した右手を下ろそうとする。
しかし、加茂さんはその前に俺の手を握り返してきた。
「加茂さん……?」
「…………(ふるふる)」
加茂さんは首を左右に振ると、握った手を一度離してボードにペンを走らせる。
『行こ!(๑╹▽╹๑ )』
文字を書いたボードをこちらに向け、再び俺の手をしっかりと握ってきた。
「…………(ぐいぐい)」
「お、おいっ」
「…………(ぐいぐい)」
加茂さんは俺の声を無視して、手を引っ張り先導を始めてしまう。
俺はその勢いに押されるがまま、彼女に引っ張られて歩く他なかった。
――髪の隙間から覗く彼女の耳は、ほんのり赤く染まっているように見えた。
「中は涼しいな」
『快適(´ω`)』
駅の近くにあるデパートの中に入った俺達は、早速水着を買いに……行く前にベンチに座って涼んでいた。
勿論、涼むのが目的で座った訳ではない。これからのことを軽く話すためだ。まあ、確かに精神的な休憩は欲しかったが、それは置いておく。
「昼飯と買い物、先にどっち済ませる?」
時刻は11時を過ぎている。
昼食を取るとしても少し早い時間だ。しかし、これから買い物をするとなると、今のうちに食べておいてしまってもいい時間帯である。
そんなことを考えて加茂さんに訊ねたのだが、彼女からは思わぬ反応が返ってきた。
きゅるるるるる。
「…………(ばっ)」
可愛らしいお腹の音の後に、加茂さんは自分のお腹を両手で素早くお腹を押さえる。
「…………(ちらっ)」
顔を赤くした加茂さんが、"聞いた?"と言わんばかりに上目遣いでこちらを見てくる。
俺はその視線に敢えて触れずに、これからの方針を勝手に決めさせてもらった。
「先に昼食べるか。腹減ったし」
「…………(こくり)」
加茂さんは控えめに頷いた。





