現人神
???視点。
「夏だのう」
神社の瓦屋根に腰掛け、打ち上がっている花火を眺めながらぼんやり呟く。
「帰ってきていましたか」
後ろから声を掛けられ振り返ると、この神社の神主が屋根によじ登ってきていた。
「よいしょっと……」
「仮にも神主が神社の屋根に登るとは、いい度胸しておるな」
「何を今更。そもそも、神様だって登ってるじゃないですか」
「我はいいのだ。神だからな」
「ズルい」
不満そうに口を尖らせる神主は、屋根から落ちないように恐る恐る歩いて我の隣に腰掛けてくる。
「それよりお主、一人でどこほっつき歩いておったのだ。道に迷ってしまったではないか」
「一人でほっつき歩き始めたのは神様ですからね? 私は貴方を見失ったから帰ってきただけです」
「探さぬか」
見失ったからといって、普通帰るだろうか。
「だって、貴方はいつでも帰ってこれるじゃないですか。テレポートみたいな感じで。神様特権でしたっけ?」
「力も無料ではない。そう易々使わぬわ」
「……使ったじゃないですか」
「む」
自分の失言に気づき、口元を手で覆う。要らないことを言ってしまった。
「神様、一ついいですか」
「断る」
「一般人の前で力を使うのはやめてくださいって前にも言いましたよね」
「断ったのだが」
「何故断れると思ったのでしょうか」
じゃあ何故聞いた。拒否権なんて最初からないではないか。
「あのですね、奇跡は軽々しく人間に見せてはいけないんですよ?」
「一年に一度の祭事なのだ。我は沈んだ顔の人間など見たくない」
我は仮にも神なのだ。厳密には現人神だが、まあ、そこは些細な違いである。
……そんな我でも力になれることなら、神として、力を貸してやりたいと思ったのだ。
「今日ぐらい許せ」
「仕方ないですねぇ……」
神主はため息を吐く。一応、許してくれたらしい。
「それにしても、人間とは難しいのう」
人の心というのは、あまりに脆い。
それが原因で、人と人の間に歪みが生まれることがある。
逆に歪み同士が偶然にも噛み合い、お互いにかけがえのない相手になることだってある。
「それが人間というものです」
神主は達観したように言う。
「たかが二十数年しか生きていない人間が悟るな。もっと年相応にあらぬか」
「私、神主ですから」
意味が分からぬ。
「現人神となっても、分からないことだらけだ」
「分からないからこその楽しみだってあると思います」
確かに。
「あ、分からないこと一つありました。先刻から気にはなっていたのですが、その腕に付けているものは何ですか?」
神主が指差したのは、既に光を失っていた両腕の腕輪だった。
「これは今日の賽銭だ。欲しいか?」
「……要りません。神主に横領させないでください」
腕輪を見せると、神主は苦い顔をして言う。神である我がいいと言っているのだから、横領も何も無いと思うのだが。
神社の屋根に登ることはよくても、この腕輪は貰えない……うむ、何が違うのか分からん。
「神様、今日は楽しかったですか」
唐突な神主の問いに、我は特に間を空けることなく答えた。
「うむ」
「それならよかったです」
神主の問いに答えた後、我は今日のことを思い返す。
今日出会った二人の人間のことを。
「のう、神主」
「何でしょう」
あの二人の記憶を、我はいつか忘れてしまう。
我にとって、全ての人間がその程度だ。あの二人とも、二度と会うことはないだろう。
「我は神として、上手くやれているか?」
また、手を貸してしまった。
神は誰かに贔屓をしてはならないのだ。神は常に、平等であらねばならないから。
「はい」
――神主は我の問いに迷いなく答えた。
「神様は十分神様してますよ。立派です」
そう言って神主は我に微笑みかけると、続けて言う。
「まず、神であろうとするその心が凄いです。人間が私欲のために生み出した心の拠り所になってくれるなんて、貴方は仏ですか。それとも神ですか」
「神だが」
「神でしたね」
とにかく、我に自信を持たせようと言葉を並べてくれたことは伝わった。
それから、当代の神主は末恐ろしいなと、改めて認識できた。
「時々、我はお主が怖い」
「光栄です」
褒め言葉ではないので、光栄には思わないでほしい。
――当代の神主は、歴代の神主の中で最も神を軽視している。だから、平気で我に文句を言ってくることも多い。
神と人間を同列に見ていると言った方が正しいかもしれない。この神主は神主でありながら、我を神として崇め奉ろうとしない。
……それを許している我も我だがな。
現人神として数百年過ごして、初めてだった。我に説教をする神主は。
最初は面食らったが、新鮮だった。だから許している。理由なんてその程度でしかない。
視線を前に戻して、打ち上がる花火を再び眺める。
「願い事でもしようかのう」
「珍しいですね。では、ご一緒します」
我は両手を合わせて、目を瞑った。
我自身が神であるために、祈るといっても形だけで何の意味もない。
それでも、祈る。我が我であるために。皆に平等であるために。
どうか我と同じ花火を見ている者達に、ささやかな幸せを――。
本来、ミガトに名前はありません。
"ミガト"という名前は彼が誤魔化すためだけに考えた偽名になります。
『現人神』
→読み仮名『アラヒトガミ』
→逆さに読む『ミガトヒラア』
→手前から三文字『ミガト』
補足説明。
現人神:この世に人間の姿で現れた神様のこと。
ミガトをこの花火大会のお話に登場させた理由は、作者なりの遊び心でした。
実は、始めはオカルト要素として出そうと思っていたり……全く違う形になりましたけども!(´・ω・`)





