赤宮君の手
花火を眺めながら、私はチラチラと隣に座る赤宮君に視線を向ける。
彼は私の視線に気づかずに、花火を見ながら焼きそばを食べていた。
私はそんな彼の服の袖を掴んだまま。
ただ何かを掴んでいたかった。触れられるなら、彼じゃなくてもよかった。
……なのに、どうして彼の服の裾を掴んでいるのか、自分でも分からない。胸がモヤモヤする。
「俺の顔に何か付いてるか?」
「…………(ふるふる)」
私の視線に気づいた赤宮君と目が合ってしまい、慌てて首を横に振る。
焼きそばのパックはもう持っていなかった。いつの間に食べ終わったんだろう。
「……? そっか」
小首を傾げる赤宮君をよそに、私は花火に視線を戻す。
……また、甘えちゃった。
空に打ち上がる花火を見ながら、そんなことを思った。
室伏君に会って、逃げて、私は覚悟してた。喋らない理由、彼とのこと、全部、言わなきゃいけないって。
後回しにして逃げていたツケが回ってきただけだって……そう、思ってたのに。
赤宮君はまた、弱い私を甘えさせてくれた。
それがちょっと嬉しい気持ちもあって、苦しい気持ちもあった。このままじゃいけないのは、分かってるから。
さっきまで赤宮君の手が乗っていた自分の頭に触れる。
赤宮君の手は、温かかった。
優しい撫で方だった。
また、撫でてくれるかな
「っ」
変なことを考えてしまっていることを自覚して、顔が熱くなる。まるで、私が赤宮君の手が恋しいみたいだった。
こんなに優しくしてくれている彼にこれ以上を求めるなんて、申し訳ないし恥ずかしい。
……頼めば、やってくれるのかな。
……私、さっきから何を考えているんだろう。
「花火、綺麗だな」
「…………(びくっ)」
突然、隣に座る赤宮君に声をかけられて、私の体は反射的に跳ねてしまう。
「大丈夫か……?」
「…………(こくこくこく)」
心配してくれている赤宮君に、私は誤魔化すように何度も頷く。
「……えっと、これは?」
「…………(きょとん)」
赤宮君が困ったような表情になって、私を呼んだ。わたしは名前を呼ばれた理由が分からず、赤宮君の説明を待つ。
赤宮君は、視線を自分の手元に送った。私も釣られて、視線を下に移す。
「…………(ぎょっ)」
私は、赤宮君の手を握ってしまっていた。
無意識に動いた自分の手に驚いて、私は慌てて手を引く。
「か、加茂さん?」
「…………(あわわわ)」
私は、思いのほか動揺していた。赤宮君の左手を握ったまま自分の方に引いてしまっていたのだ。
恥ずかしくなって、赤宮君の視線から逃れるように顔を俯かせる。すると、握っていた赤宮君の手に、誤っておでこが触れてしまう。
「……ああ、そういうことか。それぐらいやるから、手、離してくれ」
赤宮君は一人で勝手に納得の声をあげる。
何が"そういうこと"なのか、私の頭は理解が追いついていなかった。そのまま、私は彼の指示に従ってしまった。
――次の瞬間、私の頭の上に何かが乗った。
「最初から文字で言ってくれ。分かりにくい」
頭の上に乗ったものの正体はすぐに分かった。直前まで私が握っていた赤宮君の手だ。
でもね、赤宮君。違う、違うの。
この際だから、撫でてほしかったのは認めるよ。けど、私、ちょっと混乱しちゃっただけで、撫でてとはお願いしてない。赤宮君の勘違いだよ。
「言ってくれれば、いつでも撫でてやるから」
……勘違いなんだけど、私は自分の欲求に逆らえませんでした。ごめんなさい。
「ほら、顔上げろ。花火見ないともったいないぞ」
赤宮君に促されて、私はゆっくり顔を上げた。
そして、赤宮君の顔を見ることなく、花火が打ち上がる空に目を向ける。彼と目を合わせるのは、気持ちの問題でできなかった。
顔が熱い。多分、気温のせいじゃない。流石にそれは分かる。
もしも赤くなってたら、恥ずかしい。きっと今、私は変な顔になってる。こんな顔、見られたくない。
私の頭を撫で続けてくれている赤宮君を、髪の隙間から横目で見てみる。
――赤宮君は私のことをぼんやりと見つめて、まるでお母さんみたいな緩んだ表情になっていた。
……そんな生温かい視線を向けないでほしい。恥ずかしいよ。
でも、それを伝えることすら恥ずかしかったから。
私は赤宮君の視線を受け入れるしかなかった。気づかないフリをして、前を向いて、花火を眺めることしかできなかった。
すっかり速くなってしまった鼓動の理由は、きっと羞恥心。
この気持ちを言い表すそれ以外の言葉を、私は知らなかった。





