加茂さんと二人だけの秘密
加茂さんの頭をゆっくり撫でていると、唐突に着信音が鳴った。
「……悪い、加茂さん。電話出る」
彼女の頭から手を離して、ポケットからスマホを取り出す。画面を見ると、それは秀人からの着信だった。
「もしもし」
俺は通話ボタンを押してから、加茂さんにも聞こえるようにスピーカー設定に変える。
『もしもーし。今どこにいんの? まだ着いてない?』
「いや、神社の裏にいる」
『何で裏に行ってんだよ……花火見えるの逆だしそろそろ始まるぞ? 早く戻ってこいよな』
秀人はそう言って、一方的に通話を切ってしまった。
「……動けるか?」
「…………(ごしごし)」
加茂さんに訊ねれば、彼女は腕で目元を粗雑に拭う。
「…………(こくっ)」
それから、加茂さんははっきりと頷く。流れていた涙は、既に止まっていた。
「無理はすんなよ」
「…………(ぐっ)」
少し心配だった俺は加茂さんに一言入れると、彼女は控えめに親指を立ててはにかむ。
それから、俺達は神社の正面、鳥居のある方に向かった。
「あ、来た!」
神社の正面に行けば二人は既に鳥居の下におり、こちらに気づいた秀人が手を振ってくる。
俺達が駆け足で近づくと、秀人にジト目で文句を言われた。
「遅えぞー」
「色々あったんだよ」
「色々?」
「迷子送り届けたりな」
「ああ……なら仕方ねえか、お疲れさん。んで、これ飯な」
労いの言葉と共に、焼きそばのパックを手渡される。
そういえば、夕飯のことをすっかり忘れていた。丁度お腹も空いてきたところだったので、ありがたい。
「ねえ、赤宮君」
「何だ……――っ!?」
呼ばれて神薙さんを見ると、彼女は笑みを見せていた。全く目が笑っていない笑みを。
神薙さんは確実に怒っている。きっと、俺達が花火の時間ギリギリに来たからだろう。
「ご、ごめん。でも、花火には間に合ったから許してくれ」
「そんな話どうでもいいの」
「え?」
神社に来るのが遅かったからではなかったらしい。
そうなると、神薙さんが怒っている理由が分からない。彼女は何に怒っているのだろう。
「九杉の目の周りが赤いんだけど、まさか泣かせたんじゃないでしょうね」
「……あ」
「泣かせたの?」
神薙さんの怒りの理由が分かった。というか、この薄暗い中でよく分かるな。
……さて、どう説明するべきか。
室伏との話は、加茂さんのためにも伏せておくべきだろう。しかし、それを誤魔化すための別の理由が何も思いつかない。
「あ、本当だ。光太マジかー、そんな奴だとは思わなかったなー」
「あんたは黙ってて。一緒にしばかれたい?」
「ひえっ」
神薙さんが威圧的な言葉と共に秀人を睨む。秀人は引き攣った顔で小さい悲鳴をあげた。
秀人がお口チャックすると、彼女はその睨みを今度は俺に向けてくる。
「初めて神薙さんと話した時みたいだな」
「赤宮君はさっさと答えなさい」
「はい」
残念ながら話を逸らすことは叶わなかった。結構本気で怒っているのがよく伝わる。
……どうすればいい。窮地に立たされていた俺は、未だに弁解の言葉一つ出すことができなかった。
「…………(くいくい)」
「九杉?」
そんな俺に助け舟を出してくれたのは、話の当事者でもある加茂さんだった。
『泣いてないよ!
よく見て!』
ボードを見せながら、加茂さんは神薙さんを真っ直ぐに見つめる。
でもな、加茂さん、それは無理があると思うんだ。
明らかに泣き腫らした跡が残ってしまっているし、よく見させたらそれを確信に変えるだけである。本日の加茂さんは少々頭が弱いらしい。
「確かに、赤くない……?」
いや引っかかるのかよ。加茂さんの言葉に引っ張られすぎだろ。その目は節穴か。
ここでは黙っておくが、神薙さんはもう少ししっかり見るべきだと思う。いざって時にこんな調子だと不安しかない。
「赤宮君っ、ごめんなさい!」
「え、あ、いや」
神薙さんの謝罪に、俺はどう答えるべきか迷った。
何故なら、彼女は何も間違っていないのだ。正当な理由で、正当な怒りだった。むしろ、謝らなければならないのは俺の方なのだ。
俺はチラッと加茂さんを見る。
「…………(しー)」
加茂さんは、人差し指を口に当てていた。黙っていてほしいということなのだろう。
……罪悪感があるが仕方ない。俺は心を鬼にして、神薙さんに嘘をつくことに決めた。
――その時、突然夜空を光が照らし、ほんの少し遅れてドーンと大きな音が鳴る。
「……始まっちゃったわね」
「……花火見るか」
「だな」
花火大会が始まったのだ。
俺達は会話を打ち切り、鳥居の下にあるの階段に並んで腰掛ける。
ナイスタイミングだった。おかげで話も有耶無耶にできたのだから。
花火を眺めつつ、秀人に貰った焼きそばのパックを膝の上に置いて割り箸を割る。では、いただきます。
「……美味い」
普通の焼きそばなのに、いつもより美味しく感じた。これが雰囲気に酔う、というものだろうか。
パックの焼きそばに舌鼓を打っていると、隣に座っていた加茂さんが急に立ち上がってボードを空に掲げる。
「加茂さん?」
不思議に思って声をかけると、加茂さんは顔とボードをこちらに向けてくれた。
『たまやー!(๑╹▽╹๑ )
かぎやー!\(≧ ∀ ≦ )/』
「成る程な」
普通は叫ぶものではあるが、そこも加茂さんは筆談らしい。少しシュールで面白い。
加茂さんは満足そうな顔で、再び俺の隣に腰掛ける。そして、神薙さんがこちらを見ていないことを確認してからボードを見せてきた。
『さっきはありがとう』
「いいよ、別に」
加茂さんが今日あったことを隠す理由は簡単に想像がつく。
神薙さんに話せば、きっと彼女は心配する。加茂さんはそれが嫌だったのだろう。
また、空に目を向ける。
「……花火、綺麗だな」
「…………(こくっ)」
打ち上がる花火を眺めてしみじみ呟くと、加茂さんが同意するように頷く。
「…………(ぎゅっ)」
そして、俺の服の、左腕の袖を掴んできた。
「っ、か、加茂さん?」
突然のことに驚いて彼女を見れば、加茂さんは再びボードをこちらに向けている。
『時間かかっちゃうかもしれない
けど待っててほしいです』
何の話かは言われなくても分かる。
「ありがとな」
だから、俺は一言、礼を言った。
「…………(ふるふる)」
加茂さんは首を横に振る。依然、手は離さないまま。
俺は花火を視線を戻して、焼きそばをゆっくり啜った。
次話は加茂さん視点。
花火大会はもう少し続きます。





