表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/314

加茂さんは放っておけない

 翌朝、今日も加茂さんは先に教室に来ていた。


「加茂さん、おはよう」

『おはよう!』


 俺が来る前に予め書いていたらしい文字を見せてくる。用意周到なことで。

 彼女の左足に視線を向けてみるが、足首は当然スクールソックスに隠れていて分からない。


「足、大丈夫か?」

「…………(すっ)」


 俺が訊ねると、加茂さんは気まずそうに目を逸らした。やはり、駄目らしい。


「どうやって学校に来た?」

『朝練ある友達が

 一緒に登校してくれた』


 つまり、一人では来れなかったと。

 左右の足を見比べると、左足は少しゴツくなっている。きっと、靴下の下に包帯を巻いているのだろう。

 

「ってことは、体育は休むのか。先生には言ったか?」

「…………(すっ)」

「何で目を逸らす」


 まさか、出る気なのか。今の時期は怠い外周ばかりなのに、そこまでしてやりたいのか。


「休め」

『殺生な!?』

「当たり前だ」


 別に一日体育休んだところで留年する訳でもない。理由を話せば見学させてくれる筈だ。


『ねんざのこと

 誰にも言わないで』

「隠すの限界あるだろ」


 一人でまともに歩けないというのに、どうやって隠すつもりなんだ。

 もしかして、また"気合い"とでも言うつもりなのだろうか。


『そこは気合いで』

「本当に言いやがった」


 加茂さんの強情さに俺はほとほと呆れる。

 今日無茶して体育に出たとしても、捻挫は悪化するだけ。良いことなんて一つもないのに。


「足見せろ」

「…………(こてん)」


 加茂さんは首を傾げながらも、靴下を脱ぐ。そして、俺に包帯の巻かれた左足を見せてくれた。

 昨日、易々と触れさせるなと言った手前、多少は気が引けるが仕方ない。


 俺が包帯を解くと、少し崩れた形の湿布が貼られている。それを一旦剥がせば、足は青く腫れていた。


「よくこれでできると思ったな……」

「…………(ぽりぽり)」


 俺は深いため息を吐き、加茂さんは頰を掻く。

 湿布の匂いと少し蒸れた足の匂いが混ざって、鼻につんとくる。


 早速、俺は常備している救急箱からテーピングを取り出し、足首が動かないようにガチガチに固めた。

 その上から湿布を貼り、包帯を巻く。湿布の効きは弱くなるが、これで多少の運動は可能になるだろう。

 最後に、包帯等が崩れないように靴下を履かせ直す。


「これで今日は大丈夫だと思う」

「…………(すたっ)」


 言った瞬間、加茂さんは勢いよく立ち上がる。

 "様子見"という単語は、彼女の頭の辞書に存在してないらしい。


「…………(ぱあっ)」


 本音を言うと、休んでほしい。テーピングは応急処置に過ぎないのだから。

 しかし、嬉しそうに笑う加茂さんを見ていると、それを言うのも(はばか)られる。


『ありがとうo(≧▽≦)o』

「あくまで応急処置だからな。足壊したくなかったら絶対に全力で走るなよ」

「…………(こくこく)」


 顔の緩みを抑えられていない加茂さんは何度も頷く。

 本当に嬉しそうだ。しかし、両手に拳を作る彼女は少々張り切りすぎな気もして、俺は体育の授業が不安になった。




 * * * *




 不安はあったが、四時限目の体育は何事もなく無事に終わった。

 そして、昼休み。俺はいつものように秀人と山田の三人で昼食を取っていた。


「なあ、光太」

「……何だよ」

「そわそわしすぎ。体育もだったけど落ち着け」


 秀人にそう言われ、俺は山田を見る。彼も思うところがあったらしく、苦笑いを浮かべていた。


「何かあったのか?」

「……加茂さんが心配で」

「爆発しろ」

「そういうのじゃない」


 ――俺は二人に加茂さんの怪我の話をざっくりと話した。


「爆発しろ」

「理由聞いたよな?」

「"怪我した女子をおんぶして家まで送った"という青春イベントの話をな!」

「「落ち着け」」


 俺と山田は、ひとまず秀人を落ち着かせる。俺の説明も悪かったとは思うが、ほとんど理不尽な私怨である。


「でも、体育は出てたよな?」

「だから不安なんだよ。怪我が悪化してないか……」

「赤宮って本当におかん精神に溢れてるよな」


 この際、おかんでも何でもいい。それで加茂さんの捻挫が治るなら。


 ただのお隣さんをここまで気にするというのも変な話ではある。

 だが、目を離してる間に昨日のような無茶をされると思うと、どうしても放っておけない。それぐらい、加茂さんへの信用はない。


「それで加茂さん、今日は教室に居るのか」


 落ち着きを取り戻した秀人は、納得したように呟く。

 俺が加茂さんに視線を送ると、偶然彼女と目が合った。微笑と共に控えめに手を振られ、俺も軽く振り返す。


「爆発しろよ」

「勘弁してくれ」


 秀人は過剰反応しすぎだと思う。

 それに、無視して目を逸らせば気まずくなるだろう。それは俺も本意ではない。


 そんなことを考えていると、弁当箱を持った他クラスの女子が一人、教室に入ってくる。そして、彼女は空いていた俺の席に腰かけた。

 長い黒髪と眼鏡をかけた彼女は、如何にも"委員長"という言葉が似合いそうだった。あれが加茂さんの友達だろうか。


「そういえば、赤宮……赤宮?」

「……ん、何だ」


 山田に声をかけられ、ぼーっと眺めていた俺は我に帰った。


「体育祭の学年種目、聞いたか?」

「知らん」


 体育祭の話し合いは今日の六時限目だから、恐らく体育委員から聞いたのだろう。

 因みに、俺は体育祭にあまり興味がないので、その手の情報は一切耳に入っていなかった。


「学年種目はクラス対抗の二人三脚リレーらしいぞ。俺は石村と組む予定なんだけど、赤宮は誰と組むか決めた?」

「決めてない」


 まあ、適当に、余った人と組めればいい――そんなことを考えていたからだろうか。

 六時限目、俺は少しだけ後悔することになる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ