自慢
混雑していた屋台通りを抜けた後、人の多い大通りからも逃げるように歩いてきた。
それから、俺達は人の居ない小道まで来てようやく立ち止まった。
「ここって……」
一息ついて辺りを見回すと、前に一度来たことのある小さい公園ということに気がつく。
「こんなところまで歩いてきたんだな……っ、わ、悪い」
加茂さんを抱き寄せたままだったことを思い出し、俺はすぐに両手を離した。
「…………(ぎゅっ)」
しかし、加茂さんは離れなかった。
「加茂さん、もう離れていいから」
「…………(ぎゅっ)」
俺が声をかけても、加茂さんは離れない。
今、彼女が何を考えているのかまるで分からなかった。俺の胸に顔を埋めているせいで、表情が読めないのだ。
身動きができない俺は、加茂さんの気が済むまでしばらく待つことにした。
それから何分経ったのか分からないぐらいの時間が流れ、加茂さんはようやく俺から離れた。
「怪我とかしてないよな?」
「…………(こくっ)」
念のための確認を取ると、加茂さんは頷く。そして、ボードに文字を書いた。
『ありがとう』
「……とりあえず、無事でよかった」
秀人達とは完全にはぐれてしまったものの、加茂さんが孤立してしまう事態は免れた。それだけでも十分だろう。
「あと、ごめん」
「…………(きょとん)」
「ちょっと強引過ぎた。痛くなかったか?」
「…………(ふるふる)」
俺の言葉に対し、加茂さんは勢いよく首を横に振ってからボードに文字を書く。
『皆と離れて少し怖かった
赤宮君が来てくれてうれしかった』
「……おう」
顔を赤らめながらボードを見せてくる加茂さんに、俺はそんな情けない返事しかすることができなかった。
面と向かって、しかも彼女自身が照れた状態で"嬉しかった"なんて言われたら、なんだか俺も気恥ずかしくなってしまったのだ。
「「………………」」
少々気まずくなり、会話も途切れる。
「よ、よし」
この空気に耐えきれなくなった俺は、手で一拍入れて加茂さんに提案する。
「まずは秀人達と連絡取ろう」
「…………(こくこく)」
それから、俺達はお互いまともに視線を合わせられないまま、自分のスマホを弄り始めたのだった。
▼ ▼ ▼ ▼
「加茂さんと合流して、人混みからも抜け出したってよ」
「それ、今九杉からも来たけど」
俺が光太から送られてきたライナーを報告すると、鈴香にも加茂さんから似たような文が送られてきていたことを聞いた。
「何で二人して送ってきてんだ?」
「さあ……?」
光太は俺が鈴香と居るのを知ってる筈だ。ただの二度手間なのに、どうして別々に連絡したのだか。
でも、考えても分からなさそうなので諦める。それよりも、先に今後の方針だ。
「時間も時間だし、多分距離もかなり離れちまったし、このまま神社で合流ってことでいいか?」
「そうね」
「……先に加茂さんと合流しなくてもいいのかよ?」
「だって、合流してたら間に合わないんでしょ。あんたがそう言ったんじゃないの」
鈴香は最初、加茂さんと一緒に回りたがっていた。だから、ここまであっさり受け入れてくれると逆に驚く。
「鈴香、ごめん」
「何が?」
「屋台、加茂さんと回りたかっただろ」
「……それ、あんたが謝ることじゃないでしょ。私が九杉から目を離したのも悪いんだから」
それから、柔らかい笑みを浮かべて彼女は言った。
「それに、赤宮君が居れば大丈夫よ」
まさか鈴香からそんな言葉を聞くなんて思っていなかった俺は、不意を突かれて思わず笑ってしまった。
「へへっ」
「……急に何。変なものでも食べた?」
鈴香は怪訝な顔で俺に心配(?)の声をかけてくる。
「確かに、光太が居るなら安心だ」
「何であんたが得意げなのよ」
「俺の数少ない自慢だからな」
光太が居れば、加茂さんはきっと大丈夫。
まだ自覚はしてないんだろうけど、光太は何があっても加茂さんを守ろうとしてくれる。それだけ彼女のことを特別に思ってるのは、見てれば分かる。だから、心配するだけ無駄だ。
「あんた、変わったわね」
「そうか?」
「あんたが自分以外を自慢するのって、なんか新鮮」
「俺、そんなナルシストだったっけ?」
「そこそこ」
流石に、そこまで自分が一番なんて思ったことは……ないとは言い切れなかった。少なくとも、昔はそうだったかもしれない。
……高校入るまでの俺って黒歴史だらけじゃねえか。まだ先の話だけど、絶対成人式でネタにされるな、うん。
俺が過去を振り返っていると、鈴香はない胸を張って誇るように言った。
「あんたの自慢が赤宮君なら、九杉は私の自慢よ」
「ははっ、自慢同士なら心配要らねえな!」
「……ふふっ」
謎理論におかしくなって、俺達は笑い合う。
――こうして二人きりで笑い合ったのは、小学校以来初めてのことだった。
時が経って変わったもの、変わらないもの。





