加茂さんと射的
7月30日、花火大会当日。俺達は駅で待ち合わせをしていた。
「――悪ぃ! 待たせた!」
「遅い」
「ギリギリセーフだな」
集合時間ピッタリに、秀人が滑り込むように合流する。
かなりギリギリの時間だったが、これで無事に四人全員揃った。
「よーし、屋台巡りするか!」
「何で一番最後に来た奴が仕切るのよ……」
全くである。まあ、仕切るのも面倒なので俺は構わないが。
神薙さんはマイペースな秀人に呆れながら、俺達の服に目を向ける。
「二人は浴衣とか着ないの?」
「そもそも持ってねえし」
「俺も」
花火大会なので、周りを歩く人達の中には浴衣を着ている人もそれなりに多い。しかし、俺達は全員普段着だ。
「鈴香は持ってるんだっけ?」
「それなりにね。私としては九杉に着せたい気持ちがあるから、言ってくれれば貸すんだけど」
『ゆかた苦手』
「本人がこんな調子なのよ」
残念そうな表情の神薙さんに、加茂さんは困り顔で頰を掻く。浴衣は動きづらいと聞くし、体を動かすのが好きな加茂さんが苦手なのも頷ける。
でも、加茂さんの浴衣姿か。少し見てみたかったかもしれない。
「俺は鈴香の浴衣姿も見てみたかったなー。一人でも着てくればよかったのに」
「嫌。浮くじゃない」
「それもそうか」
秀人は少し残念そうにしながら、俺に声をかけてくる。
「光太も見たかったよな、加茂さんの浴衣姿」
「まあな」
「「えっ」」
「ん?」
神薙さんと秀人は、信じられないものを見たような目で俺を見る。正直に答えただけで、何故そこまで驚く。
二人の反応に疑問を持ちつつも、加茂さんに目を向けた。すると、加茂さんは首を傾げながらボードをこちらに向けていた。
『ゆかたの方がよかった?』
「苦手なら無理はしない方がいいと思う」
慣れない格好をして、転んで怪我する可能性だってあるんだ。
それなら、本人が着たがらない限りは着ない方がいいだろう。
駅前の人混みが少し増え始めてきたことに気づき、未だ呆然としている二人に声をかけた。
「混み始める前に屋台回るぞ」
「「あ、はい」」
二人の返事は綺麗なハモった。流石は幼馴染なだけあるな。
――屋台の食べ物は総じて少々高い。それでも、人に買わせる魅力のようなものがある。
そんな誘惑に負けないように、俺は財布の紐をキッチリ締めていた。
何でもかんでも買うことはできない。買うものは少なく抑えて、選び抜く。
「…………(はむっ)」
「美味いか?」
「…………(こくっ)」
因みに、加茂さんは二本目のチョコバナナを食べていた。
彼女は来る前にお小遣いを貰ってきていたらしく、金銭面は心配要らないそうだ。一体いくら貰ったのかは聞いていない。
「あ、射的あるじゃん。やろうぜ!」
「ああ、いいぞ」
秀人に誘われ、射的の屋台の方へ歩く。その間、秀人と神薙さんの不思議な会話が行われた。
「景品落とすの一つまでにしてね。荷物になるから」
「えー」
一つまでって、屋台の射的ってそこまで簡単ではない気がするのだが。
一個も落とせない場合だってあるのに、まるで景品を落とすことは確定しているような物言いだ。
「秀人ってそんなに射的得意なのか?」
「赤宮君、知らないの?」
「秀人と祭りに来たのも今日が初めてだからな」
去年の文化祭のゲーム系でもそこそこ景品を取ってきてはいたが、そこまで上手いというのは初耳だった。
「あいつ、小学校の頃から射的、金魚すくい、輪投げ……まあ他にも色々あるけど、こういうミニゲーム系は異常に上手いのよ」
「へー」
「それで調子乗って、取った景品のせいで碌に他の屋台回れなくなったり、酷い時だと屋台出禁になったりしたわ」
「ドンマイ」
神薙さんは当時のことを思い出したのか、げんなりとした表情だ。色々大変だったらしいことが窺える。
出禁は可哀想な気もするが、仕方ないのだろう。むしろ、大赤字になった屋台の人に同情した。
「おじさん、射的やらせてくれ」
「おう、四人だな――げっ」
「あ、去年の。こんちはー」
そこは偶然にも、去年の秀人の犠牲になった屋台だったらしい。
おじさんにお金を払い、コルク玉を五発分貰う。そして、俺達はコルクガンにコルク玉を詰め始めた。
「兄ちゃん、程々にしてくれよ……?」
引き攣った顔で心配そうなおじさんに、神薙さんが答える。
「こいつには一個までしか取らせないので安心してください」
「おお、ならよかった……ありがとな、彼女さ「彼女じゃないですから」お、おう」
おじさんの言葉に神薙さんは食い気味に反論した。
「そんな強く否定しなくてもいいのに」
「何で?」
「……何でもないです」
「?」
明らかにへこんでいる秀人に、神薙さんはきょとんとした表情で首を傾げる。
見ていて悲しくなった。しかし、俺には応援することしかできない。頑張れ秀人。
「……これでよし、と。じゃあ、やってみましょうか」
「だな」
一番最初に、コルク玉を詰めた神薙さんが構える。もう何を狙うか決めたらしい。
景品は一番大きなもので熊のぬいぐるみ。小さいものだとお菓子や子供用のアクセサリー等だ。
「加茂さんは何狙うか決めた?」
「…………(びしっ)」
加茂さんが指差したのは一番大きなぬいぐるみ……の隣にある、手乗りサイズの猫のぬいぐるみだった。大きさ的にも、落としやすさ的にも、妥当なところだろう。
……逆に現実的な景品を狙っている加茂さんが、ちょっと意外だった。
「加茂さんならあの熊狙うと思ってた」
『バカにしてるのかな』
「ごめんなさい」
「…………(はぁ)」
加茂さんの冷えた目と、不本意を訴える言葉が書かれたボードを向けられ、俺は即刻謝った。
彼女は呆れたようにため息を吐きつつも、ボードを台に置く。そして、コルクガンを構え始めた。
「九杉はあれ狙うのね」
「……もう終わったのか?」
「ええ、一回も当たらなかったけど」
「……そっか」
「苦手なのよ、こういうの」
それにしたって、終わるのが早すぎる。早撃ちするゲームじゃないんだぞ。
完全に観戦モードに入った神薙さんをよそに、加茂さんもコルクガンの引き金を引く。
玉は猫の体に見事命中したものの、ビクともしなかった。
「よし、俺もそれにする」
「…………(きょとん)」
「ゲームで例えるなら、協力プレイってやつだ」
「…………(ぽんっ)」
納得した様子の加茂さんの隣でコルクガンを構え、俺も猫のぬいぐるみを狙い始めた――。





