加茂さんはお隣さん
頰の消毒を終えた俺は、救急箱を鞄にしまいながら加茂さんに問いかけた。
「いつもあんな危険なことするのか」
『いつもじゃない
たまにだよ』
「死んでたかもしれないんだぞ」
『終わりよければ全てよし!』
俺の言葉に耳を傾ける気がないということだけは、十分に伝わってくる。
どうして野良猫のためにそこまでするのか、俺には到底理解ができなかった。
「……俺はもう帰る。加茂さんも気をつけて帰れよ」
「…………(ふりふり)」
そんな彼女が眩しく見えてしまった、自分が嫌だった。彼女の行動を肯定してしまっているような気がしたから。
小さく手を振る彼女に背を向け、俺は駅に向かって歩き出す。
「…………(ばたん)」
――大きな音が耳に入り、俺は反射的に振り向く。
加茂さんは尻餅をついて顔を歪めていた。辺りには、先程と同じく荷物が散らばり落ちている。
「加茂さん!?」
俺が急いで駆け寄ると、加茂さんは落としたボードとペンに手を伸ばして文字を書く。
『足ひねってた』
「……ほら、言わんこっちゃない」
『でも、これくらい平気!』
その文字のポジティブさとは裏腹に、加茂さんは左足首を強く押さえている。
俺に笑いかけてくるが、笑みは引き攣っている。痩せ我慢を誤魔化しきれていない。
俺は彼女の近くで背を向け、身を屈めた。
「家まで送る。徒歩で通える距離なんだろ」
流石に足を痛めた彼女を置いて帰るほど性根は腐ってない。
今日は持ち帰る荷物が少なかったのもあり、彼女一人おぶるくらいなら可能だった。
返事は当然の如くなかったが、しばらくすると背中に重みが加わる。素直におぶられてくれたようだ。
「指差しでいいから道案内頼む……できるか?」
「…………(びしっ)」
俺が立ち上がって訊ねると、彼女は右手を俺の肩の上から前に突き出して、左を指差す。
鞄だけを持った左手が前にあることから、ホワイトボード等は既に鞄にしまったのだろう。
俺は加茂さんの指差しを頼りに歩いた。背中に当たっているものから意識を逸らしつつ。
……それにしても、軽いな。腕も足も細くて頼りない。これで本当に運動神経抜群なのだろうか。
「…………(むずむず)」
「落ちるからあまり動かないでくれ」
乗り心地が悪いのか、加茂さんは身をよじってくる。しかし、そこは我慢してもらうしかない。
何せ、女子をおぶるなんて生まれて初めてのことで、勝手が分からないのである。
――閑静な住宅街を歩き続け、15分後。
「…………(びしっ)」
「ここか」
加茂さんの家は、ごく普通の一軒家だった。
俺はインターホンのボタンを押して反応を待つ。しばらくすると、母親と思われる女性の声が聞こえてきた。
「どちら様でしょうか?」
「俺は加茂さんの……九杉さんのクラスメイトの赤宮光太です」
背中に乗っている加茂さんを見せるように、俺は中腰になる。
インターホンが切れた音の後に、玄関の扉が開く。
そこから出てきたのは、加茂さんと同じ綺麗な亜麻色髪の女性。加茂さんよりも長髪のその女性は、俺に柔らかい笑みを見せて言った。
「赤宮君、九杉を送ってくれてありがとう」
「いえ」
短く返答した後、俺は玄関に入れてもらって加茂さんをそこで下ろした。
「九杉にも男の子の友達がいたのね」
「俺は席が隣なだけで、ただのクラスメイトです」
「あら、そうなの?」
加茂さん母が勘違いしていたので、そこは軽く訂正しておく。
――そこで気づいた。加茂さんが悲しそうに顔を俯かせていたことに。
「加茂さん?」
「…………(ずーん)」
何にへこんでいるのか分からない俺は彼女を呼ぶが、当の本人は無反応である。
「赤宮君、疲れたでしょう? 飲み物持ってくるから飲んでいって」
「あ、いえ、すぐに帰るのでお構いなく……いないし」
顔を上げると、加茂さん母は既にそこにいなかった。行動が早すぎる。
……まあ、いいか。今日の予定は何もない。無視して帰るのもどうかと思った俺は、彼女を待つことにした。
その間、沈んでいる様子の加茂さんに話しかける。
「加茂さん、どうした?」
『泣きそう』
「痛いのか? 無理はしなくていいぞ」
『( ; ; )』
うん、分からん。
しかし、顔文字を書いて喜怒哀楽を表現する元気はあるようだ。ひとまず、しっかり足を休めれば大丈夫だろう。
「今日は湿布貼って安静にしてろよ」
『貼って!』
「嫌だ」
『私の足が臭いと
申すか!?( ゜д゜)』
「そういう問題じゃない」
別に臭いとは言ってない。そもそも、そういう問題ではない。
加茂さんはもう少し慎みを持って頂きたい。足に興奮するような性癖を持っていなくとも、仮にも男だぞ俺は。
「好きでもない男に簡単に身体接触を許すな。安い女って思われるぞ」
俺の言葉に、加茂さんは目をぱちくりさせる。そして、ボードに文字を書いた。
『私は赤宮君
好きだよ』
「っ……あのなぁ……」
文字だけ見ると凄く紛らわしい。危うく勘違いするところだった。
友達としてが抜けてるぞ。書くならちゃんと書いてほしい。
……友達でもないか。俺達はただのクラスメイトという関係なのだから。
そんなことよりも、俺は懸念していることがあった。
「明日、学校まで歩いて来れるのか?」
『気合いで行く』
加茂さんは根性論がお好きのようだ。
俺はイラッとしたので、彼女の頭に軽ーーーーーーーい力でチョップをかました。