加茂さんは泳げない?
[誘った理由伝えるから、空いた時に電話頂戴]
家に帰ってスマホを見ると、神薙さんからライナーの通知が入っていた。
神薙さんとライナーの連絡先を交換した覚えはない。加茂さんに聞いたのだろうか。
自分の部屋に鞄を置いて、神薙さんに電話をかける。すると、三秒待たずに繋がった。
「もしもし」
『もしもし、電話ありがと』
「ああ」
電話が繋がって早々だが、本題に入らせてもらおう。
「理由、聞いてもいいか?」
『その前に、さっきはごめんなさい』
「さっき?」
『帰りに理由言えればよかったんだけど、九杉の前だと言いづらかったの』
どうやら、元々理由は教えてくれるつもりだったらしい。帰りに理由をはぐらかしたのは加茂さんが一緒だったからみたいだ。
「俺を誘った理由って、加茂さんのことなのか」
『ええ。ちょっとね』
少し間を空いて、神薙さんは話し出す。
『赤宮君も居てくれたら心強いと思って』
「……用心棒か? 喧嘩を期待するなら秀人の方が心強いと思うぞ」
『違うから。何でそんな物騒な相談しなきゃいけないのよ』
違ったらしい。まあ、喧嘩案件な訳がないか。外で暴力沙汰なんて停学問題だし、流石の俺もそれは御免被る。
そもそも、そんな危険な場所に神薙さんが加茂さんを連れて行く筈がない。
「じゃあ、何だ?」
『九杉の見張りよ。もう一人いたら心強いって思ったの』
「見張り?」
何故、プールで加茂さんを見張らなければならない。
『九杉を一人で泳がせないようにするためのね』
「……カナヅチ?」
『泳げるには泳げるんだけど……その……』
事情は察した。俺を誘った理由も把握した。
ここまで言っておいて、無駄に勿体ぶる神薙さんに話を促す。
「勿体ぶらずに言え」
『……犬掻きしかできないの』
「は?」
『だから、九杉は犬掻きしかできないのよ』
いぬ、かき。
……犬掻き? 泳げないのではなく、犬掻き?
『もっと分かりやすく言えば、致命的なまでに泳ぐのが下手なの』
「お、おう……そこまで言うか」
『こればかりは擁護できないレベルね。だから、私一人だと不安で……』
とにかく、泳ぐのがド下手であることはよく伝わった。
あの加茂さん過保護者でもある神薙さんにここまで言わしめるのだ。なら、事実なのだろう。
というか、犬掻きだけできるということに驚いている。これならカナヅチと言われた方がまだ驚かなかったと思う。
「意外だな。加茂さん、運動神経良いのに」
『私も中学のプールの授業で知った時は驚いたわ。クロールとか溺れてるようにしか見えないんだもの』
そんなに下手なのか。
……そんなに下手なのに、あそこまで楽しみにできるのも凄いと思う。捻挫の時も思ったが、本当に運動は何でも大好きなんだな。
「でも、それなら秀人も呼ぶか? 多い方が安心するだろ」
『……そう、よね……』
神薙さんの固い声が聞こえ、しばらく間が空く。
『……………………呼んで』
「分かった」
長い葛藤だった。
とりあえず、秀人には後で連絡しておこう。神薙さんの誘いを断るなんて、滅多なことがなければなさそうだし。
……あ、無理だ。
「秀人、サッカー部だから夏休みも部活あったわ。それと、プールもだけど、花火大会って何日だ? まだ聞いてなかった」
『花火大会は7月30日、プールは8月5日だけど……どう?』
「俺は大丈夫。でも、秀人はプールの方はキツいと思う。平日の日中部活あるって聞いたし、プール行く時間と被るだろ」
『被るわね』
ということで、プールには誘えないことが分かった。秀人、ドンマイ。
『まあ、別にいいわ。いつもは私だけだったし、一人増えるだけでも楽になるから』
「分かった」
つまるところ、俺は保険に過ぎないのだろう。でも、それでいい。
神薙さんが俺を加茂さんの何として見ているのかは謎ではある。しかし、俺としても加茂さんが知らないところで危なっかしい真似をされるのも嫌だ。
それに、夏休みに夏らしいイベントに行くのは久々だ。だから、花火大会もプールも少し楽しみだったりする。
『用件はこれだけ。何か質問ある?』
「今のところはない。後で聞いてもいいか?」
『ええ。じゃあ、切るから』
「ああ」
通話が終わり、スマホを閉じる。
さて、必要なものの確認だ。
花火大会は普段着でいいとして、プールは水着が必要だよな。
……水着か。中学生の頃のやつが残ってるけど、サイズ的に履けなくなってるよな。夏休みに入ったら買いに行こう。
――あれ?
「水着って近くで売ってたっけ……?」





