加茂さんになら
『祝50話!\(๑╹ω╹๑ )/
新章スタートです!』
「=で結ぶ式が違う」
「…………(ぴたっ)」
期末テスト二週間前の期間に入った。
俺達は前回同様、放課後に教室に居残り、テスト勉強をしている。
「この括弧の式の後ろ、よく見ろ。iがあるだろ」
「…………(ぽんっ)」
加茂さんは成る程と手を叩くと、もう一度最初からその問題に取り組み始める。
「…………(ちらっ)」
「……どうした? まだ分からないところあるのか?」
「…………(ふるふる)」
加茂さんは首を横に振り、ボードに文字を書いた。
『赤宮君は勉強しないの?』
「……する」
自分の手が止まっていたことに、加茂さんに指摘されて始めて気づく。
俺も自分の教科書の問題に目を移し、取り組み始めた。
自分の勉強に取り組み始めてからしばらく経って、ふと加茂さんを見る。
「…………(ぐでーん)」
「おい」
机に突っ伏すように力尽きていた。
『休憩タイム!』
「……はいはい」
「…………(よし)」
俺が休憩を承認すると、加茂さんは力強いガッツポーズを見せる。
まあ、勉強嫌いにしてはよく頑張っている方だと思う。この調子なら、いずれは100位台にも入れてしまうかもしれない。
加茂さんは顔を上げ、目を擦る。それから、ボードに文字を書いた。
『もうすぐ夏休みだね』
「……だな」
言われて気がつく。次の期末テストが終われば夏休みは目の前だ。
そして、加茂さんと初めて話した日から、もう二ヶ月が経っていた。時間の流れって早いな。
『夏休みはどこか行くの?』
「俺か?」
「…………(こくり)」
少し考える。
「……何もないな。強いて言えばスーパーとか」
「…………」
「憐れむな」
加茂さんが憐れみの視線を向けてきたので、俺は反撃するように言葉を返す。
「加茂さんは夏休み、どっか行くのか?」
『花火大会!
プール!
キャンプ!』
眩しい。加茂さんが元気すぎて眩しい。
あと、直視したら目がやられそうな、太陽みたいな笑顔を見せるのも控えてほしい。眩しくて、暑苦しい。
そんな俺の思いなど露知らず、加茂さんはボードに文字を書いて次の文を見せてくる。
『夏休みはお父さんも
帰ってくる!\(^ ^)/』
「今は家に居ないのか?」
加茂さんのお父さんとは、今まで一度も会ったことがない。それでも、仕事で夜には帰ってきているものだと思っていた。
しかし、加茂さんの口ぶりからして、加茂さん父は長く家に帰っていないらしい。
『海外で働いてるから
滅多に会えないんだ』
「……何の仕事?」
『スタントマン!』
まさかの海外、しかもスタントマン……もしかして、加茂さん父、結構凄い人なのでは?
加茂さんの運動神経が飛び抜けている理由も、今の話を聞いて得心が行った。
スタントマン――それは生半可な運動神経ではやっていけない職業である。きっと、加茂さんの運動神経は加茂さん父からの遺伝なのだろう。
『毎月仕送りしてくれて
毎年お盆とお正月に帰ってくる
一年に二回の楽しみ!(^▽^)』
「そっか」
嬉しそうに、加茂さんはボードを俺に見せてくる。
加茂さんはお父さんが大好きなのだろう。それが表情からも、ボードの文字からも、十二分に伝わってきた。
「良い父親なんだな」
「…………(こくん)」
加茂さんは嬉しそうに深く頷いた後、何かを思い出したかのように口を開ける。
「どうした?」
俺が訊ねると、加茂さんは迷うように視線を彷徨わせた。それから、おずおずとボードに文字を書く。
『ごめんなさい』
「何で謝る」
何故謝られたのか分からなかったが、次に書いた文字を見て俺は息を呑んだ。
『赤宮君のお父さん
お母さんから聞いた』
「…………どこまで」
『小学生の時に亡くなったこと』
加茂さんは暗い表情で文字を書き連ねる。
『デリカシーなくて
ごめんなさい』
「別にいい」
『でも!』
「俺は父さんが大嫌いなんだよ」
思わず、少し感情的になってしまった。加茂さんは驚き固まっている。
……加茂さんになら話してもいいか。彼女は変に吹聴することもないだろうし、親友だからこそ話しておきたい。
「俺の父さんはさ、消防士だった。沢山の人の命を救う、俺にとってヒーローみたいな人でな」
知ってほしい。
「憧れてた」
俺という人間を。
「父さんが死んだって話は、母さんに聞いたんだよな」
「…………(こくり)」
俺が風邪を引いて加茂さんの前でぶっ倒れたあの日、やはり母さんは要らないことを話していた。あの時の俺の勘は、外れていなかった。
加茂さんに確認を取った俺は、話を続ける。
「小学五年生の時だった。夏休みに父さんと二人で旅に出たんだ。日本一周……みたいなノリで、色々なところに連れて行ってもらった」
西に行ったり、北に行ったり、島に行ったり、山に行ったり。色々なところに連れて行って……いや、連れ回された。
父さんは少ない休みを削ってまで、俺を日本全国連れ回した。俺は折角の夏休みに面倒臭いとも思っていたが、様々な景色を見るのは嫌いじゃなかった。
――そして、旅の終わりは突然訪れたのだ。
「その道中に、高速道路でトンネルの崩落事故に巻き込まれた。でも、俺と父さんはトンネルの出口に近くて、車以外は奇跡的に無事だったんだよ」
あの時に、さっさと出口に向かっていれば助かった。俺も父さんも、無傷で助かることができた筈なのに。
「……これで終わりなら良かったんだけどな」
全てが終わる、救いのない話の始まり。
「いつ二回目の崩落が起きてもおかしくない状況だった。そんな時、子供の泣き声が聞こえたんだ」
見えない希望を求める声が、瓦礫の奥から聞こえてきた。
「助けに行けるような余裕はない。小学生の俺にだって分かったことなのに、父さんは分かってないふりをしてさ」
父さんは"切り捨てる"、"諦める"という言葉を知らない人だった。
自分の命より他人の命を優先する……漫画の主人公みたいな、そんな人だった。
「"ここを真っ直ぐ歩いて外に出ろ。俺はヒーローとしての務めを果たしてくる"なんて臭いこと言って、トンネルの崩落事故の現場に俺を一人残して、赤の他人の救助を優先した」
俺の言葉には、一切耳を傾けてくれなかった。"一人にしないで"と、何度言ったか分からない。
「父さんが瓦礫の奥に救助に行った後も、俺は動けなかった。情けないことにさ、怖かったんだ」
まだ小学生だった俺は、弱かった。どうしようもなく弱くて、無力だった。
「それからすぐに、二回目の崩落が起きた」
俺は、動けなかった。
「その時、俺の頭にも瓦礫が落ちてきてさ。そこで俺の意識はなくなって、目が覚めた時には病院のベッドの上だった」
俺は前髪を全部上げて、自分のおでこを加茂さんに見せる。
そこにあるのは、事故で残ってしまった傷痕だ。この傷を知ってるのは、この学校では秀人しかいない。
案の定、それを見た加茂さんは目を見開いて驚いていた。





