加茂さんと友達の定義
――加茂さんに引っ張られるまま、俺は歩く。
「なあ、どこ行くんだよ」
訊ねてみても、彼女は答えない。ただ、行く場所ははっきりしているらしく、足に迷いがなかった。
放課後、学校を出てからずっとこの調子だ。これから行く場所を教えてくれないし、何をしに行くのかも知らない。
振り解くのは簡単だ。加茂さんは俺より非力だから。今は腕を引っ張られているが、俺が足を止めれば加茂さんは俺を引っ張れなくなるだろう。
しかし、彼女がこんな行動をするのは珍しい。だから、俺は彼女について行ってみようと思った。
「……公園?」
しばらく歩いて、着いたのは人気のない小さな公園。
砂場や滑り台はない。俺達が漕げなさそうな小さなブランコと、ゴミ箱が一つあるだけだ。
加茂さんは俺から手を離してブランコに近づくと、二つあるブランコの片方に腰掛ける。
「…………(くいくいっ)」
加茂さんに手招きされて、俺もブランコに近づく。
「…………(びしっ)」
そして、隣のブランコを指差した。"座れ"ということだろうか。
ひとまず、加茂さんの指示に素直に従った。すると、彼女は一人でブランコを軽く揺らし始める。
「ここに来た理由は?」
まさか、ブランコで遊びたかっただけという訳ではないだろう。そう思って、訊ねてみた。
加茂さんはブランコを止めて、ホワイトボードを鞄から取り出す。そして、ボードに文字を書いた。
『友達って何だと思う?』
ボードをこちらに向ける。加茂さんは柔らかい笑みを浮かべて、頰はほんのり赤みを帯びていた。
彼女のその表情が何を意味するのか、俺には分からない。質問にも答えられないでいると、彼女は俺の返答を待たずにまた、文字を書いた。
『私は中学校ぐらいからは
女の子の友達しかいなかったんだ』
どうして、とは聞かなかった。というより、聞けなかった。
触れたら、ガラスのように割れてしまいそうだったから。粉々に砕けてしまいそうで、怖かったから。
それぐらい、加茂さんの笑みは儚げだった。
『だから、男の子との
付き合い方が分からなくて』
……ああ、やっと分かった。
『女の子の友達との付き合い方と
同じはやっぱり駄目だよね!』
今まで俺は、加茂さんは男に対する危機意識が低すぎると思っていた。
一人の女の子としての倫理観が欠如しているのでは、なんて勘違いをしていた。
――違かった。
加茂さんは、男との接し方が分からなかったんだ。きっと、神薙さんと同じように接していたつもりなのだろう。
でも、俺は男だ。彼女もそれは分かっていた。分かっていても、変えられなかったんだ。他の接し方を知らないから。
『私、変だったよね
今までごめんね』
その謝罪に対し、俺は少し考えてから言葉を返す。
「確かに変だったかもな」
「…………(ぐさ)」
何かが刺さる音が聞こえた気がするが空耳だろう。そう思って、俺は言葉を続けた。
「普通は友達でも異性を家に入れたりしないだろうし、放課後に二人きりで勉強会をするのも稀だ。風邪程度で、お見舞いにもわざわざ来ない」
「…………(ぐさぐさぐさ)」
「加茂さんは、変だ」
「…………(ちーん)」
加茂さんの魂が抜けているような気もするが、構わず続ける。
「けど、その理論なら俺も変人だな」
「…………(きょとん)」
生気を取り戻した加茂さんは、不思議そうな目で俺を見てきた。
「変人同士の友達なら、おかしいことなんて何もない……そう思わないか?」
「…………(くすっ)」
俺の言葉に、加茂さんは可笑しそうに小さく笑う。
「それでも、もし納得しないって言うならさ」
俺は視線を前に向けて、独り言のように言った。
「俺達は友達でなければ、恋人でもない」
言い切ってから、加茂さんに視線を戻す。彼女は不思議そうに俺の顔を見つめていた。
「友達以上、恋人未満。それを何て言うか知ってるか?」
「…………(ふるふる)」
「親友」
その単語を口に出してから、俺は再び視線を前に向ける。
「まあ、これは俺の個人的な考えだから間違ってるかもしれないけど……友達が変なら、親友でいいだろ」
それから、今の俺の正直な気持ちを打ち明けた。
「俺は男だから、距離感が近すぎるのは駄目だと思う。でも、それを変に意識しすぎて溝ができるのは……ちょっと寂しい」
これを面と向かって言うのは気恥ずかしかった。だから、前を向いた。
しばらく間が空き、加茂さんの反応が気になった俺は彼女をチラ見する。
『親友d(≧ω≦)』
加茂さんはボードで顔を隠していた。だから、本人の顔色は窺えない。
しかし、"親友"という関係がお気に召したであろうことは、ボードに書かれた顔文字が物語っていた。
俺は再び前を向いて、気休めに顔を手で扇ぐ。
顔が熱いのはきっと、気温だけのせいじゃないのだろう――。
第二章、友達編はこれにて閉幕。
第三章、親友編の開幕です。
一歩ずつ、一歩ずつ、二人は歩み寄っていく。





