加茂さんの感想
帰りのSHRが終わり、荷物をまとめながら隣の席の加茂さんに声をかける。
「帰るか」
「…………(こくり)」
加茂さんと駅まで一緒に帰るのが日課になった今日この頃。加茂さんと初めて話した時の俺には、数ヶ月後にこうなるなんて思っても見なかっただろう。
でも、あくまで友達同士。当然、何も起きない。起きても困るだけだが。
最初の頃に懐かしさを覚えていると、加茂さんが俺にボードを向けてきていたことに気づいた。
『今日は鈴香ちゃんも一緒』
「なら、また下駄箱で合流だな」
「…………(こくっ)」
加茂さんに確認すると、加茂さんはニコッと笑って頷いた。
そう、俺達は毎日二人きりで帰っている訳じゃない。神薙さんが入っている剣道部が休みの日は三人で帰っているのである。
秀人が聞けば羨みそうな話だが、うちの学校のサッカー部は平日に休みなど存在しない。つまり、悲しい話だが、一緒に帰れる機会を得ることすら叶わない。
「…………(ちょんちょん)」
「ん……ああ、忘れてた」
加茂さんに腕をつつかれたので何かと思えば、彼女は俺が朝に渡した弁当箱をこちらに差し出していた。
俺はそれを受け取りながら、加茂さんに訊ねてみる。
「感想、聞いてもいいか?」
加茂さんはボードに文字を書き始めた。俺はそれを少し緊張した面持ちで眺める。
彼女はすぐに書き終えると、俺の方をちらりと見る。そして、謎の溜めを作り――勢いよく上に掲げた。
『美味しかった!
\(๑╹ω╹๑)/』
「……よかった」
良い笑顔でボードを掲げる加茂さんは、嘘やお世辞を言っているようには見えない。それが俺を更に嬉しくさせる。
――パチパチパチパチ。
謎の拍手の音が耳に入って周りを見回すと、クラスの人達が俺達を微笑ましそうに見つめていた。
少し離れたところから、秀人と山田もこちらを見てニヤニヤしている。いつから見られていたのだろう。
……何だこれ。
加茂さんを見ると、先程のボードを掲げていた元気な姿は見る影もなくなっていた。俯いて、顔を赤く染めていたのである。
「……出よう」
「…………(こくこく)」
居たたまれなくなった俺達は、戦略的撤退せざるを得なかった。
「二人共、どうしてそんなに顔赤いのよ」
「何でもない」
「…………(こくこく)」
「……何か怪しいけど、まあいいわ。聞かないでおいてあげる」
下駄箱で神薙さんとも合流した俺達は学校を出た。顔の火照りは……駅に着くまでには治めておきたい。
「今日の九杉の弁当、赤宮君が作ったのよね?」
「ん? ああ、まあ」
神薙さんに訊ねられて、俺は答える。すると、何とも言えない視線を俺に向けてきた。
「……悔しいけど、美味しかったわ」
「あ、食ったんだ」
「だって、九杉が――(もごもご)」
前を歩いていた加茂さんが振り返って、神薙さんの口を塞ぐ。
「えっと、加茂さんがどうした?」
「…………(ぎろっ)」
「……聞くなって?」
「…………(こくこく)」
加茂さんがどうしたんだろう。大変気になるのだが、後でこっそり神薙さんに聞いては駄目だろうか。
あと、加茂さんは俺を睨んでいる(?)が全然怖くはなかった。動物に例えるなら、ハムスターが頑張って威圧感を出そうとしているみたいで可愛い。
……また"可愛い"なんて思ってしまった。最近、思考が変な方向に飛ぶことが多くなった気がする。
可愛いと思うこと自体は悪いことではないと思うが、それをうっかり口に出してしまいそうで怖い。
平気な顔して"可愛いな"と浮いた台詞を言うキザ野郎なんて、今時引かれるに決まってる。
神薙さんに引かれるならまだいい。彼女が引く姿は容易に想像できるため、ダメージも幾分か少ないのだ。しかし、加茂さんに引かれたが最後、俺の精神は確実に死ぬ自信がある。それは避けたい。
「ねえ、聞いてる?」
「え?」
「……聞いてないわね」
俺が聞き返すと、神薙さんは怪訝な顔で俺に訊ねてきた。
「考え事? 悩みでもあるの?」
「いや、何も」
「じゃあ何を考えてたのよ……」
考え事をしていたのは確かだが、悩みではない。
しかし、考えていた内容は少し言いづらい。ここは話題を変えて誤魔化そう。
「まあ、色々。それより、何の話してた?」
「修学旅行のこと。例年と同じで京都……この話も聞いてない?」
「聞いてない。ってか、何で知ってんだよ」
修学旅行の行き先については、まだ何も先生から説明されていない。それなのに、どうして神薙さんが知っているのか。
「私、学級委員で修学旅行の実行委員もやってるから。今の時期、学年の半分は知ってるんじゃない?」
「マジか」
初耳だった。でも、これは俺が修学旅行に興味がなかったのも理由の一つだろう。
秀人はこれを知っていそうだが、俺は彼と違って交友関係が狭い。だから、修学旅行の話をしない限りは情報が回ってこないのも仕方ないと言える。
「それで、二人はやっぱり同じ班なの?」
その神薙さんの一言に、俺は思わず足を止めた。