加茂さん宅の冷蔵庫事情
加茂さんにリビングで待つように言われてから、30分が経った。
「遅い」
加茂さんは未だに戻ってこない。着替えるだけにしては、長すぎる。
それとも、本当にまだ着替えてる最中なのか? 女子は身支度に時間がかかると聞くし、これが普通なのだろうか。
……そうだとしても、物音一つしないのは気になるな。
俺は廊下に出て階段の前に行き、二階に向かって呼びかけてみる。
「加茂さーん」
――呼びかけてみても反応はない。
少し心配になってきた。様子を見に行くべきだろうか。
俺が迷っていると、玄関からガチャリと音が聞こえた。
「ただいまー……あら?」
玄関のドアが開いて、そこに居たのは加茂さん母だった。彼女は階段の前に立ち尽くす俺を見ると、目を瞬かせる。
「えっと、お邪魔してます」
「ええ、ゆっくりしていって……九杉は?」
「それが、着替えてくるって二階に行ったきり、戻ってこなくて」
俺がそう言うと、加茂さん母の動きが急に機敏になる。
彼女は靴を脱ぎ、俺の方にスタスタ歩いてくると――両手に持った買い物袋を俺に突き出した。
「赤宮君、これ、冷蔵庫に入れておいてくれる? ちょっと九杉の様子見てくるから」
「え、あ、はい」
有無を言わさない勢いに気圧され、俺は加茂さん母に買い物袋を押し付けられた。そして、彼女は階段を上がって行ってしまう。
……まあ、加茂さんのことは加茂さん母に任せよう。恐らく、それが最善だ。
俺は加茂さん母に頼まれたことをやっておこう。
「これか」
部屋に戻り、買い物袋をダイニングテーブルの上に置いた。
次に、袋から開けて何を買ってきたかの確認を始める。
「冷食、惣菜、サラダ、調味料、缶詰……」
冷蔵庫に入れるものと入れないものを分けると、冷凍食品が多めだった。次に多いのが缶詰だ。
最初に冷食をいくつか手に取って、冷蔵庫の前まで来る。
……人の家の冷蔵庫を開けるというのも、なかなかしない体験だ。自分の家とどれくらい違うのか、料理を普段からする身としては、多少なりとも興味があった。
一息入れてから、一番上の段の冷蔵庫の扉を開ける――!
そこには、何もなかった。強いて言えば、扉のところにお茶と牛乳、ケチャップやマヨネーズ等の調味料が入っているだけ。
「……あ、開ける場所間違えた」
軽く思考停止していたが、そもそも冷凍食品はここに入らないことに気づく。
冷凍庫は大小二つあるが、冷食は大きい冷凍庫の方だろう。そう考えて、俺はそちらを開けてみた。
「……成る程」
こちらは、そこそこ入っている。レンジで温めるだけのスパゲッティ、ピザ、炒飯、唐揚げ……。
ひとまず、そこに入れるべきものをその冷凍庫の中に入れていく。そうして、全ての冷凍食品を入れ終わる頃には、その冷凍庫はパンパンになっていた。
「遅くなってごめんなさいね」
冷蔵庫に入れ終わったところで、加茂さん母が戻ってきた。
「赤宮君、ありがとう」
「あの、加茂さん……九杉さんは?」
「九杉ならぐっすり眠ってるわ」
加茂さん、寝てたのか。なんてマイペースな……でも、大事がなくて安心した。
「赤宮君、お願いだけど、今日はあの子寝かせておいてもいいかしら?」
「……はい」
「ごめんなさいね」
「いえ、何もなくて良かったです」
加茂さんは病人だ。体を休めるのも風邪を治すためには必要になるし、無理矢理彼女を起こすのも気が引ける。
彼女の無事が確認できたので、この質問もしてみよう。
これは、できれば外れていてほしい予想だ。しかし、期待はしないでおく。
「あの、失礼を承知で伺わせてください」
「なぁに?」
「家で料理とかってしないんですか?」
「そうねー、苦手だからあまりしないわねー」
予想通りだった。当然、悪い意味で。
この予想に至った要因はそれなりにある。冷凍食品や缶詰の数だ。これらは、直接手を加えるような調理を必要としない。
そして、一番の決め手になったのは、冷蔵庫の中身――最下段の、すっかすかの野菜庫だった。
他にも理由は二、三個あるが、今はこれぐらいにしておく。
「因みに、今日のご夕飯って」
「いつも通り、冷食かしらね。赤宮君も食べてく?」
「……遠慮しときます」
「そう」
丁重に断ると、加茂さん母はあからさまに残念そうな顔になった。
「……一ついいですか」
「どうぞ?」
きっと、この家ではこれが普通なのだろう。だから、これは俺のエゴだ。
目にしてしまった。気になってしまった。拒否されたらすぐに諦める。
自分ルールを勝手に作って、俺は加茂さん母に申し出た。
「俺に、今日のご夕飯を作らせてください」
出張赤宮君の晩ごはん!( ゜д゜)





