加茂さんに俺ができること
「何だこれ」
出席確認が終わって一時限目の授業の準備をしていると、机の横に紙袋が掛かっていることに気がつく。
加茂さんの方を見ると、彼女の席にも同じような紙袋が掛かっている。しかし、彼女もその紙袋の存在に首を傾げていた。
「それ、先週の打ち上げで私が取ってきたやつだから、開けていいよ」
「取ってきた?」
俺がその紙袋の存在に疑問を覚えていると、右隣の席の女子――体育委員でもある茅ヶ崎さんが教えてくれた。
「うん、二次会のゲーセンで。これでもUFOキャッチャー得意なんだー」
「へえ」
紙袋の中を覗くと、入っているのは熊のキーホルダー。ただし、それは可愛らしいデザインのものではなく、リアルな動物のデザインである。
……折角取ってきてくれたのだ。"何故そのチョイス"という疑問は心の中に留めておこう。
このキーホルダーをチョイスした理由は置いといて、俺は真っ先に浮かんだ疑問を投げかけた。
「何で俺達に?」
「二人三脚で凄い頑張ってくれたじゃん。だから、せめて何かで讃えたいなーと思って、行ったついでに取ってきたのさ」
「……ありがと」
「いえいえー」
俺が礼を言うと、茅ヶ崎さんは満足そうに笑った。
「でも、打ち上げに二人とも来られないって聞いて、本当は延期するか迷ったんだよね」
「え、わざわざ?」
「だって、君達二人だけだよ? 打ち上げ来なかったの」
「出席率高くね?」
一年生の頃の打ち上げも出席率高い方だったが、精々クラスの半分ちょっとだった。このクラス、打ち上げ大好きかよ。
「でも、もうすぐテスト期間入っちゃうし、延期したら夏休み前まで先延ばしになっちゃうからさ。打ち上げやっちゃった。ごめんねっ」
「俺は別にいいけど。自分の体調管理不足だしさ」
「加茂ちゃんもごめんねっ」
『気にしないで』
茅ヶ崎さんが俺を挟んで加茂さんに謝ると、彼女はボードに文字を書いた。
そんな彼女を見た茅ヶ崎さんは、きょとんとした顔で疑問を口にする。
「加茂ちゃん、マスク? 先週は付けてなかったよね?」
「俺の風邪が感染ったらしい」
「あれま……ん? 何で赤宮の風邪が感染るの? 金曜日休んでたよね」
俺は茅ヶ崎さんの視線から逃げるように前を向いた。
――そんな俺の誤魔化しも、押しの強い彼女には勝てなかった。そして、金曜日に加茂さんが俺の家に見舞いに来たことを話す羽目になり、その話は伝染するようにクラス全体に知られてしまった。
加茂さんはその間、寝たフリを決め込んで、説明を全て俺に押しつけてきたのだった。
* * * *
「お疲れさん」
「……本当だよ」
昼休み、精神的に疲弊した俺は、いつもの位置で秀人と山田の三人で昼食を取る。
「風邪、長引かなくて良かったな」
「それはよかったけど……」
結果として、加茂さんに感染してしまった。やっぱり、気にしてしまう。
「あ、そうだ。秀人、加茂さんに俺の家の最寄駅教えたのお前だろ」
「ああ」
「何で言った?」
ジト目で秀人を見ると、彼は悪びれる様子もなく答える。
「聞かれたから答えただけだって。女子がお見舞いに来てくれて良かったじゃんか」
「それで感染ったら駄目だろ……」
「まあ、正直それは想定外だった。ごめん」
秀人の謝罪に、俺は軽くため息を吐く。
想定外という言葉は嘘ではないのだろう。だから、怒るにも怒れなかった。
「あ、じゃあ今度は光太がお見舞い行くとか? 家には行ったことあるんだろ?」
「あるけど、迷惑だろうが」
「加茂さんに見舞いに来られて迷惑だったのか?」
「……違うけど」
「じゃあ行け。看病してやれ」
秀人の強引な誘導に対し、俺はそもそもの話をする。
「加茂さん、普通に学校来てるんだけど。看病も何もないと思う」
「どうせ部活ないんだろ? 帰りに家まで送ってあげて、ついでにお粥とか作ってあげろよ。光太、得意じゃん」
「突然押しかけてキッチン借りますって言うのか……?」
「いける!」
「おい」
ゴリ押しかよ。
……やっぱり、家には上がらない方がいい気がする。
俺が居たら加茂さんが気にして、のびのびくつろぐことができないだろう。病人に気を遣わせたら、看病の意味がない。
「やっぱり家まで送るだけにしとく」
「あ、送るのは決定事項なんだ」
「……? 当たり前だろ」
山田の言葉に俺が答えると、二人はお互いに顔を見合わせる。
「どう思う」
「……絶対自覚してねえって」
「自覚?」
「ほら」
俺が首を傾げると、二人は俺を見てから今日一番のため息を吐いた。解せぬ。





