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加茂さんはマイペース

 ――まさか便所飯じゃないよな。


 少しだけ、気になった。これを聞けば、変な奴だと思われる可能性が高い。それどころか、嫌われる可能性だってある。

 お節介というよりは、好奇心。でも、俺はもっと加茂さんのことを知りたいと思った。


「か、加茂さん」

「…………(きょとん)」


 六時限目が終わった後、隣の席の加茂さんに声をかける。彼女は片付けの手を止めて、ぱっちりと開けた眼差しを向けてくる。


「部活、入って、ないんだよな」

「…………(こくん)」

「駅まで、一緒に、帰らないか」


 変に緊張して片言の言葉になってしまう。

 俺の言葉に、加茂さんは罰が悪そうに俺から目を逸らした。


「ごめん、やっぱり忘れてくれ」


 流石に、友達でもなんでもない男と帰るのは嫌だよな。っていうか、気持ち悪いか。

 俺は加茂さんに謝ると、加茂さんは何かを強く否定するように頭を左右に振る。そして、ホワイトボードに文字を書いた。


『明日ならいいよ』


 そこに書かれた文字は、俺の誘いに対する了承の言葉だった。俺は顔をあげて加茂さんを見ると、彼女は微笑みと共に親指を立てる。


「いいのか?」

「…………(こくこく)」


 頷きながら、加茂さんは再びホワイトボードに文字を書いた。


『今日は友達と

 帰る約束してるから』

「……ああ、それならそっちを優先してくれて構わない」


 "友達"という文字を見た俺は、何気なく訊ねてみることにした。


「加茂さん、昼休みはいつもその友達と食べてるのか?」

「…………(こくり)」


 加茂さんはどうして俺がこんな質問をするのか分かっておらず、困惑の表情を浮かべてながらも頷いてくれた。

 一方、彼女の返答を聞いた俺は、何故か自分のことのように安堵してしまっていた。




 * * * *




 翌日の昼休み、俺は二人に加茂さんの新情報を報告した。


「やっぱりか」

「やっぱりって何だよ」

「いや、部活の休憩時間に桜井……マネージャーに加茂さんのこと聞いたんだよ」


 桜井さんは同じクラスの女子で、サッカー部のマネージャーでもある。俺も何度か話したことがある人だった。


「それで?」

「加茂さん、運動神経が良いらしくて体育の時間は女子達のヒーローだそうだ」


 ……あまり想像はつかないが、多くは語らない仕事人タイプなのだろうか?


「あと、マスコット的な人気も地味にあるとか。喋らないけど、小動物的な反応が女子には好評らしい」


 その気持ちは少し分かる。加茂さんの反応は見ていて飽きない。

 表情もコロコロ変わって、身振り手振りも忙しない。それでいて無口だから、キャラとしては十二分に濃いと言える。


「つまるところ、俺達が加茂さんを知らなかっただけってことか」

「だな」


 こうして、加茂さんのぼっち疑惑は本人に知られる前に収束したのだった。




 * * * *




「じゃあ、帰ろう」

「…………(こくん)」


 授業が終わり、荷物を鞄に突っ込んだ俺は加茂さんに声をかける。

 すると、彼女はにかみながら頷き、席を立つ。そして、俺達は教室を出た。


「加茂さんは運動が得意なのか?」

「…………(さっ)」


 廊下を歩きながら、加茂さんは脇に抱えたホワイトボードを前に出して文字を書く。

 しかし、歩きながら文字を書こうとしたため、加茂さんは足をもつれさせて前のめりに倒れる。


「あぶな――うおっ!?」


 俺は咄嗟に彼女の肩を掴み、体を後ろに引く。

 ……彼女は想像以上に軽かった。勢い余って代わりに俺がすっ転んでしまうぐらい。


「いってぇ……」

「…………(おろおろ)」

「……大丈夫、怪我はしてないから」


 加茂さんは転んだ俺を心配してくれているのか、顔を覗き込んでくる。

 浅慮だった。俺は無事である旨を伝えて立ち上がり、一言謝る。


「ごめん、歩きながら話しかけたりして」

「…………(ふるふる)」

「いつもはどうしてるんだ?」


 他の友達と帰る時は会話を一切してない、ということはないだろう。でも、今の彼女の様子を見るに、歩きながらの会話は慣れていないように見える。


「…………(がしっ)」

「えっ」


 唐突に、加茂さんは俺の右手を両手で掴んだ。小柄な彼女の小さな手に包まれ、不覚にもドキッとしてしまう。


「…………(ぐいっ)」

「……こうすればいいのか?」


 俺の手をどうするのかと思えば、自分の肩に引っ張ってくる。

 その指示に従って肩に手を乗せれば、彼女は下駄箱の方に向き直る。そして、ボードに文字を書いて後方の俺に見せてきた。


『肩を持って

 支えてもらいながら

 歩いてる!』

「お、おう」


 確かにこれなら前に転ぶ心配もなく、後ろに転んでも支えられる。

 意思疎通の手がかりの一つでもある表情が見えないのが難点だが、文字を優先すればこうなるのも仕方ないだろう。


 ……ただ、この状況を除いては。

 クラスメイトという関係でしかない、強いて言うなら隣の席というだけの関係。

 加茂さんの友達というのは恐らく女子だろう。しかし、俺は男である。

 常識的に考えて、知り合ったばかりの異性に身体接触を許してはいけないと思うんだ。


 そんな俺の心配など露知らず、加茂さんは歩き始めてしまう。俺は肩に手を置いたまま、彼女に歩幅を合わせて歩き始める。


 放課後の廊下は人の往来もそれなりに多い。加茂さんの小型ホワイトボードの存在もあって、周りの視線を集めてしまう。

 だというのに、彼女は慣れているのかそれを気にする様子は見られない。そして、呑気なことにボードに文字を書いていた。


『何の話してたっけ(・・?)』

「……何だったかな」


 ゆっくり話がしてみたいと思って予め考えていた筈の話題は、今の俺の頭の中に欠片も残っていなかった。

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