加茂さんは咳と戦う
更新開始から一ヶ月が経ちました。
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「……おはよう」
「おはよう」
目が覚めると俺は何故かソファで寝ていて、加茂さんはおらず、母さんが夕飯を作っていた。
「……あのさ」
「加茂さん、可愛い子ね」
「っ!」
母さんが帰って来る前に帰った可能性も考えたが、それは違ったらしい。会わせる気はなかったのだが、会ってしまったものは仕方ない。
「加茂さんと何か話した?」
「んー、少し?」
顎に指を当てて、母さんはわざとらしく悩む仕草を見せる。
「まさか、変な話してないよな」
「変な話って?」
「……何でもない」
こういう時の母さんは、何を考えているか分からない。聞いても、絶対に教えてくれない。だから、諦めた。
……母さんに聞けないのなら、加茂さんに聞こう。失礼な話になるが、彼女の嘘なら見抜ける気がするのだ。
「夕飯できたよ。お粥にしたけど」
「……昼飯食ってないからもっとガッツリ食いたい」
「食べてないからこそ、お腹に優しいものじゃないと」
一理ある。
「ほら、早くこっち来なさい。それとも、一人で立てない?」
「……立てるっつの」
その後、夕飯で食べたお粥は甘ったるくて、物凄く不味かった。母さん、塩と砂糖を入れ間違えたらしい。
* * * *
「嘘だろ」
月曜日、全快した俺が登校すると、加茂さんはマスクを着けていた。
「…………(ぴーす)」
「ピースすんな」
おめでたいことではないし、喜ばしいことでもない。ミイラ取りがミイラになっただけだ。
「……ごめん、感染して」
「…………(ふるふる)」
俺の謝罪に対し、加茂さんは首を横に振る。その優しさに心が痛い。
打ち上げを蹴ってまで見舞いに来てくれたのに、風邪を感染してしまった。
それは恩を返すどころか、仇で返してしまったということ。可能なら今すぐにでも風邪を返してほしい。元は俺のだし。
「本当にごめん」
「…………(ふるふる)、けほっ、けほっ……」
改めて謝ると、加茂さんは首を横に振りら数回咳き込んだ。
「…………(ばっ)」
加茂さんは慌てた様子で、両手で口を押さえる。
……咳も声を出してる判定になるのか。しかし、咳なんて易々と我慢できるものではない。現に、咳を我慢してるのか体が震えている。
「っ…………(ぷるぷる)」
「我慢しない方がいいぞ。喉がおかしくなる」
そもそも、咳とは体の中に入りそうな菌を追い出すための、立派な体の防衛反応だ。
なので、我慢し過ぎると、逆に風邪を長引かせることになる……多分。専門家ではないので、あまり詳しいことはよく分からない。でも、良いことではない気がする。
「っ…………けほっ…………(うぐぐぐ)」
よっぽど声を出したくないのか、加茂さんは目には涙が滲んでいた。
教室の時計を確認すると、出席確認まではあと15分。それだけあれば、間に合うか。
「来い」
「…………(びくっ)」
俺は鞄を片手に、加茂さんの手を引っ張って廊下に出る。
彼女はいきなり俺に腕を掴まれて驚いていたが、素直に俺についてきてくれた。
向かったのは屋上に繋がる扉の前。
人がいないことを確認して、俺は鞄の中から弁当箱を取り出す。それを、加茂さんに差し出した。
「少しでいいから食え」
「…………(きょとん)」
加茂さんは呆然とその弁当箱を見ている。説明が足りなかったか。
俺はその弁当箱を一旦加茂さんに持たせて、もう一度鞄の中に手を突っ込む。
「えーっと……あ、あった」
俺が取り出したのは、薬局で買っていた咳止めの薬。
「これ飲めるの食後だから、何か食わなきゃ飲めないんだ」
「…………(ふるふる)」
「俺は風邪治ってるし、一応持ってただけだから遠慮はいい」
まさか加茂さんが風邪を引いてるとは思わなかったから、持ってきておいて本当によかったと思う。俺は心の中で、朝の自分を褒め讃えた。
「……どうした? 時間ないから薬飲むなら早くした方がいいぞ」
動かない加茂さんに声をかけると、彼女は俺に視線を送ってくる。
動揺しているようには見えない。怒っているようにも見えない。かと言って、喜んでいるようにも、混乱しているようにも見えない。
――悲しげな表情に見えた。
「……迷惑だったか?」
「…………(ふるふる)」
不安になって訊ねても、加茂さんはそれを否定するように首を振る。
彼女は今、ホワイトボードを手に持っていない。だから、俺にできるのは彼女の表情を読み取ることだけだ。
その唯一の手がかりも、マスクに半分以上隠されてしまっている。
「…………(すっ)」
俺がどうしたものかと考えていると、突然、加茂さんはマスクを外した。
「加茂さん?」
「…………(ぱくぱく)」
目尻を下げて柔らかい笑みを浮かべると、口パクで何かを言った。そして、階段の段差のところにちょこんと座り、俺の渡した弁当箱の蓋を開ける。
それが俺に伝える気のない言葉であることはすぐに分かった。口パクに迷いがなかったから。
「あ、箸」
「…………(ぴたっ)」
加茂さんは弁当に箸を付ける直前で手を止めた。
箸は当然、俺の箸一つしかない。加茂さんが弁当かどうかは分からないが、ここには持ってきていない。
……だからといって、取りに帰る時間がある程の余裕もなかった。まあ、後で洗えばいっか。
「時間ないし気にしないで食え」
「…………(ちらっ)」
「いいから」
俺は隣に腰掛け、加茂さんを見守る。彼女は弁当に視線を戻し、玉子焼きを箸で掴んだ。
そして、しばらくそれをじっと見つめ――意を決したように口に含むと、彼女は目を見開いた。
「美味いか?」
「…………(こくこく)」
感想を聞けば、加茂さんは小さく頷く。
俺の家では白だしの入った玉子焼きが主流なのだが、加茂さんの口にもあったらしい。よかった。
やっぱり、自分の作ったものを誰かに美味しいと言ってもらえるのは嬉しい。
加茂さんは次に次にと、俺の弁当を口に運ぶ。美味しそうに、顔を綻ばせながら。そんな彼女を見てると、俺の頰も緩んでくる。
「…………(はむっ)」
「あんまりがっつくな、詰まるぞ」
「…………(ぴたっ)」
軽く指摘してやると、加茂さんの頰は少し赤くなる。
……"可愛いな"なんて思いながら、俺は程々に彼女を横から眺めた。
『出席確認には滑り込みで
間に合ったよ!\(๑╹ω╹๑ )/』





