"赤宮君"の画数
初めての加茂さん視点( ╹ω╹ )
ちょっとビックリさせちゃうかもです。
私は、突然のことに頭が混乱していた。
どうすればいいのか分からない。赤宮君の下敷きになって、尻餅を突いた痛みも忘れては狼狽えてばかりだった。
……そうだ、救急車。
そう思いついた私は早速行動に移す。申し訳ないとは思ったけれど、上に乗る赤宮君を横に転がした。
そして、なんとか抜け出した私は、リビングに置いたバッグの中からスマホを取り出し、手を止める。
「……どうしよう……」
119番をしても、私は声を出せない。こうして一人きりの時は声を出せるのに。
話せなかったら、イタズラ電話と勘違いされて切られて終わり。そのためには、私が声を出さないといけない。
「……嫌……嫌だ……」
数字を打とうとして、手が震える。
私は意気地なしだ。こんな緊急事態に陥っても変われないなんて。
私が声を出せばいい話なのに。私が、一歩踏み出せばいいだけなのに。
――その一歩が、どうしようもなく怖い。
何もできない。友達一人助けられない。そんな自分が、不甲斐ない。
「……押さなきゃ……呼ばなきゃ……」
そう自分に言い聞かせてるのに、手が動かない。
本当にどうしようもなくて、涙が出てくる。泣いたって、赤宮君を助けられる訳じゃないのに。
今日ほど、人前で声を出さない自分を恨んだこと、ないかもしれない。
――ガチャ。
玄関の鍵が開く音が聞こえた。
その音を聞いた私の体は、気がつくと玄関に向かって駆け出していた。
「ただいま……っ、だ、誰っ!?」
「…………(ぶんぶん)」
その女性が誰かは分からなかったけれど、私は形振り構っていられなかった。彼女にしがみついて、倒れてる赤宮君に向けて指を差す。
彼女は最初、私の存在に困惑しているようだった。でも、私が指を差す方向を見て血相を変えた。
「光太!?」
彼女は私を押しのけ、靴を脱ぎ捨て、赤宮君に駆け寄る。私も後ろから追って、二人に近寄った。
「……良かった」
しばらく座り込んで倒れている赤宮君を見ていた彼女は、安堵するように一息吐く。その後、振り返って私に視線を向けてくる。
「何があったの?」
私は何も答えることができなかった。ボードは今、手には持っていない。スマホを取りに行った時にリビングの机に置いて、そのままだ。
それでも、身振り手振りで伝えようと試みて……どうすれば上手く伝わるのか分からなかった。
「……もしかして、貴方が加茂さん?」
「…………(ぱちくり)」
まさか、向こうから私の名前が出てくるとは思わなかった。ひとまず、私は頷いて返事をする。
「そう、貴方が……」
そう呟いた彼女の表情は明るくも暗くもなく、複雑な気持ちを抱えているように見えた。
「私は赤宮日和、光太の母親です」
この人が赤宮君のお母さんなんだ。言われてみると確かに面影があるような、ないような。
でも、そっか。そうじゃなかったら、鍵開けて家に入ってこれないよね。
「まずは、泣き止んで」
赤宮君のお母さんは、優しく微笑んだ。そして、私の目の縁に人差し指を置いて涙に触れる。
「……聞きたいことはいっぱいあるけど、先に光太を運ぶの、手伝ってくれる?」
お母さんは微笑を浮かべながら、私にお願いしてくる。
私は腕でゴシゴシと涙を拭って、もう一度強く頷いた。
* * * *
リビングのソファに赤宮君を寝かせた後、私と赤宮君のお母さんは、向かい合わせでダイニングテーブルに座る。
「それで、何があったの?」
赤宮君のお母さんに訊ねられて、私はボードにペンを走らせる。今度はボードがあるから、ちゃんと答えられる。
『赤宮君が急に
倒れちゃったんです』
「つまり、貴方が光太に何かしたんじゃなかったのね」
「…………(ぶんぶんぶん)」
私は全力で首を縦に振った。とんでもない疑いをかけられていて、とても驚く。
でも、今はそんなことはどうでもよかった。私はソファで横になる赤宮君を横目に、ボードにペンを走らせる。
『赤宮君は大丈夫なんですか』
「多分、今週無理してたツケが回ってきただけ。一眠りさせたら回復すると思う」
やっぱり、無理してたんだ。
今週の赤宮君、様子がおかしかった。ぼーっとしてることが多かった。私の気のせいじゃなかったんだ。
「光太から話は聞いてたけど、貴方が光太の隣の席の子……でいいのよね」
「…………(こくり)」
私は頷く。赤宮君のお母さんが私を知ってた理由って、赤宮君が家で私のことを話してたからなんだ。
赤宮君、私のこと、どんな風に話してるんだろう。少しだけ、気になった。
『赤宮君のお母さんは
赤宮君に私のこと
どう聞いてますか』
「日和でいいから。文字書くの大変でしょ」
「…………(こくん)」
赤宮君のお母さん……日和さんの言葉に素直に頷く。正直、"赤宮君"をいっぱい書かなくちゃいけなくて頭がこんがらがりそうだった。
私は試しに、日和さんの名前をボードに書いてみる。
『ひよりさん』
とても楽になった。画数が少ないって、やっぱり良い。
"赤宮君"も日和さんみたいに画数を減らせないものかな。例えば"こうたくん"みたいな。
……流石にちょっと恥ずかしくなって、私はその考えを頭から振り払った。
「ふふっ」
私がボードを眺めて考え込んでいると、日和さんに笑われる。
色々と見透かされているような気がして、もっと恥ずかしくなった。





