加茂さんのお見舞い
加茂さんの傘に入れてもらった雨の日から、四日後の朝。
「げほっ、ごほっ……ああ、くそ」
体温計の音。脇に挟んでいたそれの数値を確認すれば、"38.6℃"と表記されている。
俺は体温計を頭の横に置き、頭痛に苛まれながらベッドに横になる。こうして風邪を引くのは何年振りだろう。
――今思えば、あの雨の日の翌日から体に異変は起きていた。
最初は体の怠さ。日曜の疲れが抜けていないのかと思って、あまり考えないようにしていた。
しかし、次の日になっても、体の怠さは消えなかった。それどころか、悪化していた。それでも、時間が解決するだろうと、俺は気にしないことにしていた。
しかし、更に翌日……昨日、俺の体の怠さはピークに達していた。
おまけに、急に咳も酷くなり、頭痛もし始めた。秀人や加茂さんだけでなく、他のクラスメイトにまで心配されてしまった。
そして、今朝になって、ついに体に力が入らなくなったのである。
「光太、本当に平気?」
「そこまで酷くない。ただの風邪だし、寝てれば治る。いいから、母さんは仕事行ってきて」
「……もし何かあったら連絡してね」
「ああ」
母さんは部屋を出て行く時、足を止めて言った。
「絶対だからね」
「分かってる」
「約束して」
「分かってるって」
「……いってきます」
「いってらっしゃい」
母さんは俺に念押しして、ようやく部屋を出て行った。
母さんは心配性である。俺に何かあった時は特に。
別にそれが嫌な訳ではないが、時々、心配し過ぎだと思うことも少なくない。
体育祭の時も心配をかけてしまった。だから、これ以上心配をかけないようにしたかったが、なかなか上手くはいかないものだ。
「……飯食うか」
体が重いものの、食欲は普通にある。起きてから何も口に入れていない俺は、朝食を求めて一階に向かった。
* * * *
「ん……もうこんな時間か」
時計を見れば、短い針はぴったり17時を差している。
自分が寝ていた時間を軽く計算すると、昼夜逆転しかねないぐらい、長い時間寝ていたことに気づく。
朝食を取ってから部屋に戻ってきた俺は、どうやらそのまま寝てしまっていたらしい。
でも、そのおかげか、頭痛はすっかり治まっていた。
「腹減ったな……」
ずっと寝ていたので、昼食も食べ損ねてしまった。
ひとまず、何か腹に入れよう。夕食の時間まではまだ時間があり、その時間までこの空腹を耐えられる気がしない。
「……?」
ふとスマホを見ると、ライナーの通知が来ていた。秀人からのと、加茂さんからの二つ。
先に秀人の方から確認すれば、それは[生きてるかー]という生存確認だった。送信してきた時間を見ると、午前中。俺が寝てしまった、丁度その後に送られてきていた。
俺は[生きてる]と雑に生存報告をした後、加茂さんからの通知を確認する。
[家の場所教えて(´・△・`)]
その文を読んだ俺は、まず思考停止した。文の意味は理解できる。ただ、その質問の意味が理解不能だったのである。
送信時間を見れば、ついさっきのことだ。とりあえず、俺はそれに答える前に彼女に訊ねる。
[いいけど、何で今?]
俺の家に来てみたいとかなら、別に俺が学校に行った時に教えるというのに。
[私、加茂さん。今、赤宮君の家の近くの駅にいるの]
加茂さんは、何故か有名な電話怪談風の文面を送りつけてきた。
[今日打ち上げだろ。そっちはどうした]
――今日は体育祭の打ち上げの日でもある。
それなのに、加茂さんはこの近くまで来ている。それは彼女が、打ち上げに行っていないことを意味していた。
[風邪、私のせいだから。赤宮君放って行けないよ]
気にしなくていいのに。
けれど、"あれは俺の自業自得だ"なんて送っても、加茂さんは納得しないのは目に見えてる。彼女はこういう時、結構頑固だ。
それに、わざわざ電車に乗って、この近くまで来てしまっている。ここまで来て帰らせるのは、流石に悪い。
俺は加茂さんに道を教えるために仕方なく、彼女にテレビ通話を繋ぐ。
「もしもし」
「…………(ふりふり)」
「わざわざありがとな」
こちらに手を振る加茂さんに向けて、まずは礼を言う。
その後に小言を、軽ーく言わせてもらった。
「もし俺が寝てたらどうしてたんだよ。まさか、ずっと駅で返信待つ気だった訳でもないだろ?」
「…………(あっ)」
「え」
加茂さんは口を半開きにして、固まる。彼女の反応は、まるでその可能性を考えていなかったかのようなものだ。
「…………(さっ)」
「目を逸らすな」
誤魔化すように視線を横に移す加茂さんに、俺はすかさず突っ込みを入れる。
まさか何も考えていなかったとは……いや、加茂さんが後先考えないのは、今に始まったことじゃなかったな。むしろ、彼女らしい。
――不意に、自然と笑みが溢れた。
「…………(こてん)」
「……ああ、ごめん。それじゃあ、案内するから周りを映してくれ」
首を傾げて不思議そうに俺を見ていた加茂さんは、俺の指示通り画面の向きを変える。
画面には見慣れた駅前が映し出される。ここからなら、彼女を誘導するのに問題はなさそうだ。
それにしても、俺はどうして笑みなんて溢してしまったのだろう。
加茂さんに家までの道順を案内しながら、俺はその理由を考えてみる。
しかし、案内を終える頃にも、その答えは出なかった。





