報告
翌朝、駅から出て学校まで歩いていると、前を歩く加茂さんを見つける。
登校時間が被るのは珍しい。俺は少し早歩きで彼女に追いつき、声をかけた。
「おはよう」
「…………(ぱくぱく)」
「……もしかして、"おはよう"って言ってるのか?」
「…………(こくっ)」
加茂さんは俺に気がつくと、口パクで「おはよう」と言ってきた。
歩きながら文字を書けないから仕方ないとはいえ、口パクは新しいパターンなので新鮮に感じる。
そして、俺は横に並んで歩きながら、彼女に昨夜のことを訊ねた。
「昨日は眠れたか?」
「…………(こくこく)」
「なら良かった」
朝起きた時には、当たり前だが通話は切れてしまっていた。
しかし、彼女の顔色は悪くない。しっかり眠れたようで何よりである。
学校に着き、俺は下駄箱で上履きに履き替える。
そして、下駄箱の一番上の段――加茂さんの下駄箱を開けて、彼女の上履きを床に置く。
「…………(ぽかん)」
「靴、入れとくぞ」
靴を脱いで呆然とする加茂さんをよそに、俺は彼女の靴を下駄箱に入れた。
「……いつまでぼーっとしてる。さっさと履け」
「…………(はっ)」
下駄箱を閉じても固まり続ける加茂さんに声をかけると、彼女はようやく自分の上履きを履いた。
それから、何事もなかったかのように歩き出し、俺達は教室に向かう。
その間に、彼女から腕をチョンチョンと突かれる。俺がそちらを向けば、彼女は小さく口を開いていた。
「…………(ぱくぱく)」
「気にすんな」
加茂さんに口パクで"ありがと"と言われているような気がしたので、適当に返事をする。
――俺は読唇術なんてできない。これはあくまで、話の流れと口の動き方による憶測だ。
だから、これが外れていたら恥ずかしいこと極まりない。
「…………(ぺこり)」
けれど、加茂さんは俺の返事に首を傾げることなく、控えめに頭を下げた。
なので、その彼女の反応から、俺の読みはあまり外れていないと、勝手に解釈させてもらった。
* * * *
いつものように、昼休み。俺と秀人と山田の三人で昼食を取る。
いつもと違うことは、秀人が妙にソワソワして、落ち着かない様子でいること。時折、上の空で一人ニヤニヤしているのは、流石に気味が悪い。
この調子だと自覚もしてなさそうだ。変な噂が立つ前に指摘しておくべきかもしれない。
「秀人、顔」
「え? あー、変だった?」
「かなり気持ち悪い」
「そうかー」
「いや、そうかじゃないだろ……」
秀人の顔はいつにも増してゆるゆるのだるだるだった。こんな彼は今まで見たことがない。
「……石村、何か良い事あった?」
秀人の異常さに山田も当然気づき、訊ねる。
「そうかそう見えるか仕方ない答えてやるさ!」
「ごめん、やっぱいいわ」
「聞けよ!」
「秀人、そのテンションはウザい。神薙さんに嫌われるぞ」
「はい」
神薙さんの名前を出せば、秀人のニヤニヤ顔も固まり、急に静かになった。単純か。
すると、俺と秀人のやり取りを見ていた山田は、不思議そうな表情で今度は俺に訊ねてきた。
「赤宮は何か知ってんの? 秀人が変な理由」
「昨日、例の幼馴染と和解できたからだと思う」
「はやっ」
「全部光太のお陰だけどなー」
「……何で赤宮?」
秀人の言葉に、山田は怪訝な顔で俺を見る。
しかし、昨日の話を一から説明するのも面倒臭かった俺は、雑に一言でまとめた。
「色々あったんだよ」
「光太ー、マジでありがとなー」
「余計なお節介にならなくてよかった」
勝手に加茂さんと計画して勝手に行ったことだったから、それは本当に良かったと思う。
「……何も分からないけど、まあ、おめでとう……?」
「おう!」
話に全くついていけてないであろう山田からの祝福に、秀人は無駄に眩しい笑顔を見せてそう答えた。
――そんな彼を見た俺は改めて、お節介を焼いた甲斐があったと実感できたのだった。





