変わらない休日
「おかえり」
「…………(ぽかん)」
土曜日、午前の部活から帰ってきた加茂さんを出迎えると、加茂さんは呆気に取られた表情で固まってしまった。
元々今日は来る予定ではなかったから、彼女が驚くのも無理はない。
『なぜ』
「家に居てもそんなにやる事ないから昼作りに来た」
というのは口実で、単に加茂さんに会いたかったから来ただけである。
クリスマスプレゼントの準備はまだ終わっていないのでやる事自体はあるのだが、クリスマスまでには間に合う予定なので問題ない。
『私も作りたい』
早速昼食の準備に取り掛かろうと思っていると、加茂さんがそんな希望を出してきた。
「部活で疲れてないか?」
「…………(ふるふる)、…………(じっ)」
加茂さんは首を横に振り、目で自分は大丈夫だと訴えかけてくる。
少しでも上達したいのだろう。とはいえ、自分に鞭を打ってまで頑張る程のことではないと俺は思う。
「無理は……」
"無理はしないでくれ"――そう言おうとして、加茂さんはそんな俺の言葉よりも一足早くボードに書いていた。
『無理はしてない』
「……分かったよ」
加茂さんがそこまで言うのなら、信じよう。
俺も教えるのは好きだ。加茂さんが大丈夫と言うなら、頑なに断る理由はない。
「準備だけしておくから、手洗ってうがいして、着替えてきてくれ」
「…………(こくり)」
* * * *
「遅いですね」
「そうねぇ」
リビングで加茂さんを待ち始めておよそ20分経ったが、未だに彼女は二階から下りてこない。
前にもこんなことあったなと思いながら俺は立ち上がり、里子さんに許可を取ることにした。
「加茂さんの部屋見てきていいですか」
「九杉がごめんなさいね」
「いえいえ」
そうして俺は二階の加茂さんの部屋に向かい、何の物音もしない彼女の部屋の扉をノックする。
「加茂さん、起きてるか?」
声をかけてみるが応答はない。どうやら俺の予想通りらしい。
「入るからな」
聞こえていないだろうけど、一応、中にいる加茂さんに一言断って扉を開けた。
部屋の中は、脱いだばかりであろう制服や、これから着ようか悩んでいたらしいいくつかの服が散乱している。
「…………(すやすや)」
そして、加茂さんはまるで力尽きたようにベッドに横たわって眠っていた。
"無理はしてない"という言葉に嘘は無かったのだと思う。実際、体力的には平気だったのだろう。ただ、無意識に溜めていた精神的な疲れを考えてなかっただけで。
「どうしようか……」
このまま放置したら何時間も寝てしまっていそうだ。昼寝自体は構わないが、今寝られてしまうとお昼を食べ損ねることになる。
となると、やっぱり起こすしかないか。気が引けるが、一日三食はしっかり食べてもらいたい。
「寝るなら昼ご飯食べてからにしろー」
「んぅ……」
眠っている加茂さんの耳元で囁きながら、頬を軽くペチペチしてみる。しかし、加茂さんは軽く身じろぎするだけで起きる気配を全く見せない。
いっそこのまま抱きかかえて一階に運んでしまおうか。加茂さんなら、出来立ての昼食の匂いとかで起きる気がするのだ。
「やっぱり寝てた?」
俺がどう起こすか悩んでいると、一階で待っていた筈の里子さんもやってきた。
「はい……」
「やだ、もう。服も散らかしっぱなしで……こんな部屋、光太君に見られて恥ずかしくないのかしら」
「あはは……まあ、よっぽど疲れてたみたいですから」
里子さんは加茂さんが散らかしていた服を拾い始める。俺も手伝おうか迷ったが、彼女とはいえ流石に服をしまうのを手伝うと事故が怖いのでやめておいた。
……今ふと思ったけど、加茂さん、ちゃんと着替えた後に寝落ちててよかったな。着替え中だったら普通に土下座案件だった。
「光太君、ありがとうね」
「加茂さー……え?」
もう一度加茂さんを起こそうと声を出そうとした時、急に里子さんにお礼を言われて戸惑ってしまう。
「九杉がまた部活に入りたいって思えたのは、光太君のおかげだと思うから」
ああ、そういう話か。起こしに来たことに対してのお礼なんて変だと思ったから、それを聞いてお礼の意味を理解した。
だけど、やっぱり俺にお礼を言うのは違うと思う。
「俺は何もしてませんよ。加茂さんが自分で考えて、部活に入ろうと決めたんです」
今回、加茂さんが部活に入ることについて、俺は見ていただけで本当に何もしていない。
球技大会で茅ヶ崎さんの代打で急遽出ることになった。その試合を経て、加茂さんはバレーボール部に入ろうと決めた。それだけだ。
「それでも、きっと、九杉は光太君がいたから勇気が出せたのよ」
「そうだと嬉しいですけどね」
それは、俺が加茂さんの心の支えになれているということだから。
「それじゃあ、先に下りて待ってるから」
「あ、はい」
里子さんは服を棚にしまい終えると、加茂さんの制服のシャツだけを手に持って部屋を出ていってしまった。
折角来たのなら加茂さんを起こすのを手伝ってほしかったのだが……仕方ない。里子さんを待たせすぎないように頑張ろう。
そう思って、加茂さんの方に視線を戻した時だった。
「むぐっ」
加茂さんの顔が目の前にあり、口を口で塞がれ――キスをされたのだと遅れて理解する。
「…………(えへへ)」
顔が離れて、彼女は頬を赤く染めながら悪戯っ子のような笑みを見せてきた。
「起きてたんかい……」
「…………(ぱくぱく)」
加茂さんは口パクで俺に伝えてくる。
う、い、あ、い……って何だろう。今回の口パク、見たことないから難しいな。全然分からない。
……まあ、別にいいか。弁明って訳でもなさそうだし。
「それじゃあ、お仕置きだな」
「…………(へ?)、――!?!?!!?」
仕返しとして、少々強引に加茂さんに口付ける。
そして、彼女がジタバタ暴れて羞恥心の限界を訴えかけてきても、俺は暫く離さなかった。





