これからの二人の放課後
「はぁ、はぁ……足はっっっっや」
「ほ、本当に帰宅部よね?」
「帰宅部の体力じゃない……」
「…………(ぶいっ!)」
* * * *
「じゃあねー」
「また明日ー」
「…………(ふりふり)」
部活終了後、加茂さんはバレー部の人達に手を振って別れて、俺達は二人きりで帰途につこうとする。
「…………(ぴたっ)」
「どうした?」
しかし、いつものように腕組みをしようとしたら、加茂さんが止まってしまう。
そんな彼女を不思議に思っていると、彼女が自分の手首やら襟元やらを嗅ぎ始めて俺も理解した。
「匂いなら気にしないから」
『私が気にする!』
頬を赤く染めながらボードで訴えてきた。まあ、そりゃそうだ。
とはいえ、腕を組まないと歩きながら文字を書くのが危なっかしくて仕方ない。だからといって、会話ゼロの帰り道というのも寂しい。選択肢はあってないようなものである。
「加茂さん、じっとしてて」
「…………(こてん)」
恐らく正面からお願いしたら絶対に拒否られるから、俺はあえて加茂さんには何をするか言わなかった。
小首を傾げた彼女に一歩近づき、問答無用で彼女の首筋に顔を近づけ――匂いを嗅いだ。
「――!?!?!!??!?」
「いてっ」
声にならない声と共にペチーンと弱い力で頰を引っ叩かれたが、これで確認は済ませることができた。
「別に臭くないって。大丈夫大丈夫」
『わたしは
だいじょばない』
顔を茹で蛸のように赤く染めてその場に蹲ってしまう。流石に強引過ぎただろうか。でも、そんなに心配する必要ないと思うんだよな。
何故なら、加茂さんは今日の途中参加した部活で全く疲れを見せていない。汗を大してかいていないのだ。彼女が心配している汗臭さなんて元より無いのである。というか、ぶっちゃけ昨日の方が気にするべきだったのではないだろうか。言わないけど。
「ほら、帰ろう」
「…………(ぷしゅう)」
「……駄目かぁ」
その後、加茂さんが復活するまでに五分以上かかって、俺達はようやく帰途についた。
「今日はどうだった? 楽しかったか?」
「…………(こくこくっ)」
頷く加茂さんの充実したような表情を見れば、本当に楽しかったのだろう。加茂さんが不安だからと付き添いで来たが、そんな必要もなかったように思う。
初めての部活見学……途中からじっとしていられなくなって参加してしまっていたが、特に問題が起きることもなかった。顧問の先生も加茂さんのことは把握しているようで、会話をちゃんと加茂さんのペースに合わせてくれていた。今日の様子なら心配要らなさそうだ。
「決心はついたか?」
「…………(ぴくっ)」
俺が確かめるように加茂さんに聞くと、彼女の表情が固まる。
「…………(こくり)」
しかし、彼女は既に結論は出していた。力強く頷き、俺に言ってくる。
『一緒に帰れなくなっちゃう
ごめんね』
「こっちは気にすんな。応援してるから」
『さみしくない?
私はちょっとさみしい』
「……俺も正直寂しいけどさ」
このまま祝福で終わるつもりだったのに、加茂さんの前向きだけではない気持ちを聞いて俺もつい本音が漏れてしまう。
考えてみると、放課後、こうして二人で帰る日に唐突に終わりが来てしまったことになるのだ。球技大会前までは部活には入らないと言っていたし、色々と急だった。だから、寂しくて当然ではある。
『赤宮君
マネージャーする?
そしたら一緒に帰れる』
「話聞こえてたのかよ」
「…………(きょとん)」
「……聞こえてた訳じゃないんだな」
今のは加茂さんのただの思いつきによる提案だったらしい。
「実は、木下先生に聞かれたんだよ。マネージャーしないかって」
「…………(ぱちくり)」
「断ったけど」
「…………(がーん)」
加茂さんは酷くショックを受けたような顔になり、ボードいっばいに大きな文字を殴り書く。
『何で』
「加茂さんと一緒に帰りたい気持ちはあるけど、まず第一に要らないだろ。あの部活にマネージャーなんて」
人手が足りなくて余程切羽詰まってるという感じでもなく、練習は普通にできているように見えた。
それに、木下先生からこの話をされた時、加茂さんの時のような熱心な勧誘ではなく、軽い気持ちで俺に訊ねてきただけのように感じたのだ。
「加茂さんも、もう大丈夫だろ?」
「――――」
そして、これは俺がはっきりと断れたもう一つの理由。
今日は俺が付き添いで来ていたことで先生を却って不安にさせてしまったのだと思う。話を聞きながら、先生から本当に加茂さんのことを考えてくれているのが伝わってきた。
だから、マネージャーというよりは加茂さんのサポート役みたいな理由で誘われたのだろう。だけど、そんなものが必要ないのは今日見ててよく分かった。
……それに加えて、更にもう一つの理由もあるのだが、伝えておくべきか。
「あと、実は俺も放課後、習い事始める予定でさ」
「…………(ぱちくり)」
加茂さんは俺の発表に驚いた表情を見せた後、俺に訊ねてくる。
『何の?』
彼女のストレートな疑問に対し、俺は少しだけどもりながら答えた。
「ぼ、ボクシング……」
「…………(ぎょっ)」
予想していた通りの反応が返ってきて、身構えていたのにも関わらず顔が熱くなる。
「あれだぞ? あくまで運動不足解消が目的で、ガチガチに競技に打ち込みたい訳じゃないから」
イメージとかけ離れているのは自分でもよく分かっている。正直、格闘技自体に俺自身が苦手意識を持っているから。
それじゃあ、どうして始めようと考えているのかといえば、あの時の言葉が忘れられないからだ。
『女一人守れねえのか、てめえは』
悔しかった。自分の無力さを実感した。
喧嘩が強くなりたい訳じゃない。喧嘩がしたい訳でもない。ただ、守れる力が欲しい。二度とあんなことを繰り返したくない。これはそのための一歩だと思っている。
「まあ、そういう訳だから。俺だけ放課後一人になるとか、考えなくて平気だからな」
だけど、その理由は加茂さんに伝えない。恥ずかしいから、伝えたくなかった。
『分かった
頑張ってね!』
かなり驚いていた加茂さんだったが、俺を応援してくれるらしい。それを素直に嬉しく思いながらも、とある事実が寂しい気持ちを忘れさせてはくれない。
「だから、本当に今日が一緒に帰れる最後の日になると思う」
テスト前とか、部活引退後とか。そういう日でなければ、これからはずっと一緒に帰れない。
当たり前だった毎日が無くなる……否、変わっていく。きっと、これも前に進むということなのだろう。
「…………(しゅん)」
「加茂さん、顔上げて」
人目がないことを軽く確認してから、一旦腕組みを解き、落ち込み下を向く彼女の顔を手で持ち上げ――そっと彼女に口付けた。
「……お互い、頑張ろうな」
やっぱり、まだまだ慣れないな。
顔が熱くなるのを自分で感じながら、再び分かりやすく顔を真っ赤にしてしまっている愛らしい彼女を見て、俺の頰は自然と緩んだ。





