加茂さんの決勝戦(前編)
「加茂さんに断らせる気なかっただろ」
決勝戦の開始前、作戦会議をしている様子の加茂さん達を眺めながら茅ヶ崎さんに確認する。
「うん。ごめんね」
茅ヶ崎さんは素直に認めて謝ってきた。謝るなら加茂さんにしてほしいが、今それを言ったところで仕方ない。もう試合は始まってしまうのだから。
「なあ、加茂さん本当に大丈夫なのかよ?」
隣にいる秀人が俺に訊ねてくる。秀人も加茂さんの事情が複雑なのを多少なりとも知っているからか、心配してくれているのだろう。
「加茂さんが本気で嫌がってたら、攫ってでも強引に連れ出してたよ」
「俺には結構嫌がってるように見えたけど」
「ぐぅっ」
秀人の歯に衣着せぬ物言いに、茅ヶ崎さんは罪悪感からか胸を押さえて悶える。
……茅ヶ崎さんの肩を持つ訳ではないが、純粋に応援するためにも話しておくか。
「加茂さんは嫌がってるんじゃなくて、怖いんだよ。中学で好きだった陸上部辞めたのも声が理由らしいから」
「え、何その話」
「へー、加茂さん陸上やってたんだ」
「うん。でも、喋らないせいで人に迷惑かけたくないから自分から辞めたんだと」
「は? 陸上って喋る必要なくね?」
秀人の疑問はもっともだと思う。実のところ、この疑問は俺も考えたことがある。
だけど、加茂さんにとっては違う。どんな部活だとか、加茂さんには関係ないのだ。
「加茂さんは皆が思ってる以上に自分が声出さないこと気にしてる。周りがどんなに気にしないって言ってても、自分で自分を責めちゃうんだよ」
「ああ……」
秀人は納得したように声を漏らした。思い当たる節でもあったのかもしれない。
「私、まさかとんでもない重荷を加茂さんに背負わせて……?」
対して、茅ヶ崎さんはようやく自分がやった事を自覚したようで、わなわなと震えだした。
「まあ、そうだな」
「い、急いで止めなきゃっ」
「待て待て、大丈夫だから」
「大丈夫じゃないでしょ!」
「話聞け」
今更ながら顔面蒼白になっている茅ヶ崎さんを制止する。この猪突猛進感、加茂さんに近しい何かを感じるな。
「加茂さんは本当にやりたくなかったら、もっと"うげー"って顔に出るんだよ。テスト勉強始める時とか毎回そんな風だったし。だから多分、声の事で周りに迷惑かけるの気にしてるだけで、バレーボールは好きなんだと思う」
「私に気遣ってない……?」
「気遣う理由がない」
今回の件で俺の茅ヶ崎さんへの印象は少し悪くなっているが、加茂さんは大して気にしていないと思う。というか、きっと意図的に皆が居る所でお願いして断りにくくした……という茅ヶ崎さんの作戦に気づいてすらいない可能性もある。
そもそも、加茂さんから嫌いなスポーツの話を聞いたことがない。唯一の苦手である泳ぎですら好きだと言っていたぐらいだ。体を動かすことなら本当に何でも好きなんだと思う。
「まあ、最悪無理そうなら俺が加茂さん拉致るから、念のために加茂さんの代わり用意してくれた方がいいかも」
「分かったっ」
茅ヶ崎さんは返事をして、壁伝いに歩いて俺達から離れていく。
「お、始まる」
試合開始を知らせる笛が鳴る。
どうか、無事に試合が終わりますように……。
▼ ▼ ▼ ▼
勝ってほしいと言っていた彩花には悪いと思っているけど、私はこの試合に勝てる気が全くしない。スパイカーの彩花がいたから準決勝を勝つことができたのだ。セッターの私だけだったらどうにもならなかった。
決勝戦の相手は私と同じバレー部が二人、彩花と同じスパイカーの皐月とブロッカーの真央がいる。しかも、皐月に関してはバレー部のエースでもある。勝てる道理がない。
だから、加茂さんに過剰な期待はしない。たかが球技大会。楽しいイベントで重荷を背負わせて、辛い思い出にさせてしまうのは可哀想だから。
勿論、加茂さんの運動神経を疑ってはない。体育の彼女を見たことがあるから、初心者だとしても実力はそれなりにあると思う。それでも、皆を鼓舞しながら引っ張っていた彩花の代わりは無理だと思ってる。
「何であんたが」
――試合前、皐月は私達のチームにいる加茂さんを見て驚いていた。
「彩花はどうしたのよ」
「怪我して欠場だよ」
「……大丈夫なの?」
「軽く捻っただけだから何日か安静にしてれば治るって」
「気をつけなさいよね」
いや、それを私に言われても……彩花に伝えとけって意味かな。
「あ、そうそう。先にはっきり言っとくわ」
「何?」
「風子じゃなくてそっち」
「…………(きょとん)」
突然、皐月は加茂さんを睨み付けながら言い放った。
「あたしはあんたのこと、認めてないから」
「…………(ぱちくり)」
加茂さんに敵意を向けるだけ向けて、皐月は自分の位置に戻っていく。一方、何の話か分からない加茂さんは目を瞬かせて呆然としていた。
「な、何あれ」
「こわ……」
そんな二人のやり取り?を見た他のチームメイトも皐月を怖がっている。
皐月ってば、何してるんだか。だから友達少ないんだよ。
「試合よろしくねー。負けないよー」
「…………(はっ)、…………(ぺこり)」
今の皐月の宣戦布告を見ていなかったかのように、もう一人のバレー部である真央が呑気に加茂さんに挨拶していた。こっちは通常運転らしい。少し安心する。
「ごめんね。さっきの愛想悪いの、鹿島皐月って言うんだけど、皐月だけは加茂さんを部活に勧誘するの反対してて、そのせいだと思う」
試合が始まる前に、加茂さんに皐月がキツい態度を取る理由を軽く話しておく。
「怒ってもいいからね」
理不尽に喧嘩を売られたのだ。加茂さんに怒る権利はある。別に、私は皐月を擁護する気はない。
「…………(にこっ)」
だというのに、何故か加茂さんは笑った。目が笑っていないとか、そういう怒りの籠ったものではなく。純粋に笑ったように見えた。
今のはどういう意味? 私には分からない。赤宮なら分かるのかな。
考えているうちに試合開始の笛が鳴る。サーブは相手チームから。
私は余計な思考を排除して、サーブを打とうとしている皐月に集中する。
▼ ▼ ▼ ▼
最初の一本で心を折るつもりで、私は全力のジャンプサーブを加茂さん目掛けて放った。
▼ ▼ ▼ ▼
「加茂さん!」
サーブが打たれた瞬間、私はそのサーブが飛ぶ方向だけ把握して、レシーブする人の名前を呼ぶ。
加茂さんは声が出せない。だから、自分と他の人の間に落ちたボールを取る時、自分が取ると宣言することができない。その問題をどうにかするための作戦がこれだ。私の負担は多くなるけど、こればかりは仕方ない。
それにしても皐月め、素人相手になんてサーブ打つんだ。こんなの取れる訳ないでしょ。勝手にムキになって、子供か。
「え」
――期待していなかったのに、後ろを振り返った時にはレシーブが上がっていた。少し低めでも、確かに、私へと繋ぐためだと分かるレシーブが。
私はトスを上げる。誰に上げるのか、その相手を無意識に呼びながら。
「加茂さん!」
初心者でも打ちやすいように、できるだけ柔らかく、ふんわりを意識しながら高く上げる。
そこに加茂さんは余裕を持って走り込み、綺麗に跳んだ。完璧なタイミングの高い跳躍だった。
まるで初心者とは思えない跳躍に、私は柄にもなくわくわくしていた。加茂さんはどんなスパイクを打つのだろう、と。
だから、思わず口に出してしまう程にそのスパイクを見て驚いてしまった。
「弱っ」
加茂さんの相手コート目がけて打ち込まれたスパイクは、綺麗なフォームからは考えられないような弱々しいものだったのだ。
「そういや、あの場に鈴香居なくてよかったよな。居たら多分ブチ切れてたぞ」
「そうだな……」





