加茂さん達と小休止
「ほい水分」
「冷たっ」
保健室から出て歩いていると、不意に首筋に感じた冷たさに驚く。振り向けば、ペットボトルを持った秀人と加茂さんがいた。
「鼻血止まったか?」
「とりあえずな」
――顔面にシュートを受けた俺は、鼻血を出して試合中にも関わらず保健室送りとなった。事実上の退場である。
反則で退場という訳ではなかったので他の人に代打で出てもらってキーパー不在という事態を避けられたが、あの後、試合はどうなったのだろうか。
「試合どうだった?」
「勝った勝った。光太のガッツ溢れる顔面ブロックのおかげでなー」
「……そっか。よかった」
俺の退場のせいで負けたとかならなくてよかった。安堵しながら、秀人から受け取ったペットボトルを開ける。
「あっま」
ラベルをよく確認せずに飲んだから、想像していなかった甘味に驚かされた。色的にスポーツドリンクかと思ったのだが、乳酸菌飲料だったようだ。
「加茂さんセレクションだぞ?」
「珍しいの選んだと思ったらそういうことか」
加茂さんが選んだという話を聞いたら、妙な納得感がある。
『運動には甘いものと思って。
それ嫌いだった?』
「いや、全然。ありがとな」
これぐらいなら許容圏内だ。流石に運動後で暑くなってる中、いちごオレぐらいの甘ったるい飲み物だったらしんどかったと思うが。
「……んじゃ、俺は先に行ってるわ」
「…………(きょとん)」
「何で? あ、もしかして今うちのクラスどこかで試合やってるのか。だったら俺達も」
「や、そういう訳じゃねーけど。何か、俺がいるせいで声かけづらそうにしてる子いるんだよな」
「「?」」
秀人は視線は変えずに横に指差す。その方向を見てみると、建物の陰からこちらの様子を窺っていたらしい見知った顔が慌てた様子で身を隠した。
何故見ているだけで声をかけてこないのかは、おおよそ秀人が察した通りの理由だろう。
『あれ詩音ちゃん
だよね?』
「だな」
「確か二人ってあの子と仲良いんだったよな?」
「まあ」
「…………(こくり)」
「そんじゃ、そういう訳だから。光太、次の試合割と時間近いから遅れんなよ」
「分かった。何かごめん」
「いいって」
秀人はそう言って俺達から離れていく。
それから、加茂さんが日向が隠れた建物の陰まで駆け寄っては、少々強引に彼女を引っ張り出してきた。
「久しぶり」
「お久しぶりです……さっきいた人には先輩から謝っておいてくれませんか」
「謝る? 何を?」
「気を遣わせてしまったので……」
秀人が日向に気を遣ってここから離れたことをどうして日向が分かっているのか。不思議に思ったが、そういえば、日向って異常に耳が良いんだったか。
もしかすると、先程の秀人との会話も聞こえていたのだろう。
「先輩達の友達ですし、悪い人じゃないのは分かってるんです。でも、異性はまだどうにも苦手で……」
「苦手なものは仕方ないし、あいつも気にしてないだろうから日向もそんな気にすんな。それより、どうした? 何か俺達に用でもあったのか?」
「……特別用があった訳でもないんですよね。赤宮先輩が保健室行ったって話耳にしたので気になって。大怪我したとかじゃなくてよかったです」
「変な心配かけてごめん」
日向は安堵の笑みを見せてくる。
俺の話は他学年の日向の耳にまで届いていたらしい。恥ずかしいやら申し訳ないやら。次の試合は顔面ブロックしないように気をつけよう。
『詩音ちゃんは
何の種目出てるの?』
「キックベースです」
『私と同じだ』
「みたいですね。次の試合、加茂先輩のクラスと当たるみたいですし」
「…………(えっ)」
「そうなのか」
それは気になるな。見たい。サッカーと時間が被ってなければいいのだが。
『負けないよ!』
「ここで"こっちこそ"とか言えればいいんですけど、普通に勝てる気しないです。私、ただでさえクラスの足手まといですし」
「…………(あれ?)」
「試合前から諦めんなって」
対抗心を燃やそうとした加茂さんとは真逆の熱意を見せる日向。敵チームなので応援はできないが、多少はやる気を出してほしいなぁと思ってしまう。
――しかし、そんな日向の主張通り、その後のキックベース二回戦はうちのクラスが再びコールド勝ちしてしまったのだった。
* * * *
健闘虚しく、サッカーは準々決勝で三年生のクラスに負けてしまった。
そして、意外なことに加茂さんのキックベースも準決勝にて敗戦してしまった。
勝ち進んでいくと、攻撃で加茂さん以外がなかなか塁に進めなくなったのだ。更に守備では加茂さんの弱点である投力が相手クラスにバレて、あえてボールをバウンドさせられて足の速い人に点数を稼がれてしまった。これによって、加茂さんが確定ホームランを出せるだけでは到底点数が足りなかったのである。
「お疲れー」
「負けちゃったねぇ……」
「ごめんね加茂さあああああああん」
「…………(ふるふる)」
キックベース敗戦後、クラスの女子達が加茂さんの元に集まって申し訳なさそうにしていたり、泣いていたり、慰め合ったりしている。二回戦目まではコールド勝ちとかなり順調だった分、悔しさも大きいのかもしれない。
そんなやり取りを遠めに見ながら暫く経って、加茂さんがクラスの女子達から離れて俺の方へと駆け寄ってきた。
「お疲れ様」
『負けちゃった』
「うん、見てた。でも、加茂さん大活躍だったな」
労いの意味で加茂さんの頭を軽く撫でる。
彼女が懸命に頑張った証は体操服の汚れが示している。守備の時にボールに飛び込んでキャッチとかしていたから、前面はすっかり砂で汚れてしまっていた。
「…………(うへへぇ)」
「ちょっと顔緩み過ぎだなぁ」
労いの効果が目に見えて発揮されてるのは嬉しいが、加茂さんはもう少し周りの目を気にするべきではと思う。あんまり人に見せられないような表情になってしまっている。
俺は撫でていた手を止めて、彼女の頭を俺の胸元に抱き寄せる。
加茂さんは驚いたように体を揺らしたが、俺に離す気がないことが分かると大人しく俺の胸に顔を埋めた。
「公衆の面前でイチャつくのは自重しなさいよ」
「あ、神薙さん」
「…………(びくっ)、…………(ささっ)」
二人の時間を堪能していると、神薙さんが呆れ顔でこちらにやってきた。加茂さんは神薙さんに言われて恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして素早い動きで俺から離れてしまう。
「赤宮君に羞恥心は無いの?」
「人並みにあるつもりだけど」
「説得力皆無だから……それと、そっちのクラスの人から伝言。まだバレーボール試合中だって。皆もう先に行っちゃったわよ」
「おお、ありがとう……でも何で神薙さんが伝言を?」
「二人の間に割って入りにくかったんでしょ」
それは何となく分かるけども。神薙さん、俺達のクラスにそんな頼まれ事するぐらい顔知れ渡ってたっけ……まあ、いいか。
「それじゃあ、俺達も応援行くか」
「…………(こくっ)」
そうして、俺達は女子がバレーボールをやっている体育館に向かった。
「加茂さんお願い! 私の代わりにバレーボールに出て!」
――この時はまだ、そんな事態に陥るとは思いもせずに。





