加茂さんの独り占め
『昨日お父さんが
帰ってきてた!』
翌朝、学校に来た加茂さんは昨夜の出来事を嬉しそうに話してきた。
俺と里子さんの目論見は無事に成功したらしい。加茂さんにとって良い日になってくれたようで、俺も嬉しくなる。
『でも、ちょっと残念かも』
「残念?」
『赤宮君にもお父さんに
会ってほしかったなって』
「……なら、今日会いに行ってもいい?」
『もう帰っちゃったんだ
忙しいみたいで』
「そっか。じゃあ、それは次の機会だな」
加茂さんのお父さんはもう出発してしまったらしい。
里子さんから昨日帰ってくるという話は聞いていたが、いつまで日本にいるのかは聞いていなかった。本当に加茂さんの誕生日のためだけに予定を空けて帰ってきたのだろう。良いお父さんだな。
「因みになんだけど、里子さんとお父さん、ケーキの感想は何か言ってた?」
密かに気になっていたことを訊ねてみる。
昨日、加茂さんにあげたチーズケーキはホールサイズだったこともあり、加茂さんは1カットだけ昼休みに食べて残りは家に持ち帰っていたのだ。
加茂さんのことだから、両親にもケーキを分けているのだろう。そう思って、一応、二人の口には合ったのかどうかも確認しておきたかった。
『お店のケーキみたい
きれいってほめてたよ』
「味は何て言ってた……?」
「…………(すーっ)」
「?」
俺が気になっているのは見た目よりも味の感想だ。
しかし、加茂さんは返答せずに俺から一度目を逸らした。その反応を不思議に思いつつも彼女からの返答を待ってみると、ようやく彼女はボードで返答してくれた。
『おいしかった』
「よかった」
里子さん達にもお気に召してくれたらしい。ほっと一息――。
『ごめんなさい
うそです』
「え」
――吐いたのも束の間、加茂さんは申し訳なさそうな表情で嘘を吐いたことを自白してきた。
加茂さんは美味しいと言ってくれたが、里子さん達の口に合わなかったのか。駄目だったのか。
『本当は食べてない』
「……食べてない?」
ショックを受けていたら、加茂さんが続けてボードに書いた自白に理解が遅れる。
食べてないって、一体どういうことなんだろうか。もしかして、昨日はケーキ食べなかったのか? 確かに一日ぐらいなら冷蔵庫に入れておけば平気かもしれないけど……昨日、学校で『残りのケーキ食べたい。早く放課後にならないかな』なんて言ってたから、てっきり昨日のうちに食べたのかと思っていた。
「あんまり日持ちしないと思うから、早めに食べてくれよ?」
「…………(ふるふる)」
「え、違う?」
加茂さんに美味しいうちに食べてほしい気持ちを伝えると、首を横に振られてしまう。そして、彼女は新たな自白をボードに書いた。
『一人で全部
食べちゃった』
「……マジで?」
「…………(こくり)」
加茂さんは控えめに頷く。
あ、だから『本当は食べてない』って、お父さんとお母さんが食べてないって意味か。ようやく理解した。
『赤宮君からのプレゼント
一人じめしたくて』
そして、思わず頬が緩んでしまうような可愛らしい理由まで話してくれた。
「それなら仕方ないか」
主役である彼女が独り占めしたかったというのなら仕方ない。
加茂さんのことだから、きっと美味しく頂いてくれたのだろう。それならそれで嬉しいな。また来年作る時はもう少し大きいサイズで作ってみようか、なんてことを考えてしまう。
『ごめんね』
「加茂さんへのプレゼントだからいいんだよ。ケーキ美味しかったか?」
「…………(こくこく)」
「よかった」
頷く彼女の頭をぼんぽんすると、彼女は目を細める。
ケーキ、作ってよかったな。ケーキ作りを教えてくれた御厨さんには感謝しなければ。
『赤宮君の誕生日
期待しててね!』
「ああ、期待してる」
祝われることが決まっているだけでもかなり嬉しいので、そこまで手の込んだプレゼントでなくともいいとは思っている。
だけど、加茂さんが期待してほしいと言うのだ。遠慮せず期待しよう。
* * * *
「何話してんだろうな」
「さあ……」
「たまにはこんな日があってもいいじゃん」
昼休み。今日は加茂さんと神薙さんがおらず、代わりに山田含めた久々の野郎三人組での昼食となっていた。
二人は教室の前の方で、西村さん達と共に昼食を取っている。女子だけで秘密の話があるとのことで、詳しくは教えてくれなかった。
「鈴香と加茂さんいないと華が消えた感じするんだよな」
「今日の弁当の中になら花あるけど、食うか?」
「超いらねえ……」
「それ人参? 赤宮ほんと器用だな」
「最近、飾り切りの動画見てハマってる」
弁当の中に入れていた人参の飾り切りを山田に見られて感心される。褒められて悪い気はしない。
この切り方、手間は少しかかるが、加茂さんの反応も新鮮で楽しくて、最近の俺のマイブームと化していた。
……秀人よりも山田に花をあげた方がいいかもしれない。
「山田、おかず少しいるか?」
「俺? いいよいいよ」
遠慮してくる山田の弁当箱の中におかずらしきものは一切なく、白米が一面に敷き詰められている。
そして、山田はそれを嫌な顔一つせずに食べ進めていた。
「お前、米をおかずに米食べるような奴だったっけ」
「流石にそこまでじゃねえよ。ほら、梅干しもあるし」
「ご飯のお供はおかずじゃねえよ」
しかも一粒しかないし。誤差だろそんなもん。
「いつもは桃が弁当作ってきてくれるんだよ」
「桜井さんが?」
「うん。でも、弁当全部作ってもらうのは悪いからさ、俺は米だけでも自分で持ってきてる」
「成る程なぁ……」
加茂さんがいる教室の前の方の女子の一団の中に、今日は桜井さんの姿も見える。つまり、本日の山田のおかずは無いらしい。
「じゃあ、今日のところは俺の分けてやるから」
「赤宮、人に分けて腹減らねえの?」
「少しぐらい平気だよ。食べ盛りが遠慮すんな」
「俺ら同じ年齢だろ……まあ、そこまで言うならありがたく貰っとくけど」
そう言って、山田が俺の弁当のおかずをつまもうと箸を伸ばす。
「ごめん直人! おかず持ってきたから!」
――そんな時、桜井さんが弁当箱を片手にこちらに駆け寄ってきた。
「おお、今日もありがとう」
「遅くなってごめんね。ちょっと大事な話して……て……」
山田の前に弁当を置いた桜井さんの視線が俺の弁当のへと吸い寄せられ、言葉尻も小さくなっていく。
それから、自分の持ってきた弁当を開き、見比べ始めた。
「……直人ごめん、赤宮君のが食べたかったらこれ食べなくていいから……」
「いやいやいや!? 食べる食べる! おかんの飯より彼女の飯のが食いたいから!」
「誰がおかんだ」
彼女の飯の方が食べたくなる気持ちについては全面的に同意するけども。
「だって、私のお弁当こんなに綺麗じゃない……」
「何かごめん」
どうやら、桜井さんは俺の飾り切りとかで好きに装飾していた弁当を見て、自信を失ってしまったらしい。俺が悪い訳じゃないとは思うけど、申し訳ない気持ちになる。
「桃の弁当、ちゃんと美味いけどな」
山田はそう言いながら、既に桜井さんから貰った弁当を食べ始めていた。手が早いな。
桜井さんのお弁当は、冷食の小さなおかずや卵焼きといった簡単なおかずが入っている。至って普通ではあるが、俺の感想としてはそこまで卑下する必要がないぐらい綺麗だと思う。
そういえば、前に桜井さんに弁当の相談をされたことがあったのを思い出した。
きっと、山田のために毎朝頑張っているのだろう……感慨深いな。とても成長を感じる。
「飾り切り、興味あるなら後で紹介動画のURL送っておくけど」
「ありがとう……赤宮君に聞きたいんだけど、これがあったらいいのになぁって思う物とかないかな」
「脈絡どこ行った?」
いきなり何の話だよ。話の切り替え方が無理矢理過ぎる。
というか、あったらいい物って、そんないきなり言われてもなぁ。あったらいい……これからの季節に使う物……物……。
「あ」
「何かありそう?」
「ん、いや、加茂さんの誕プレでミトン作ったけど、どうせなら鍋敷きも一緒に作って渡せばよかったなって今更思って」
「え?」
「え?」
確かに桜井さんの質問の答えにはなってなかったかもしれないが、聞き返される程変なことを言っただろうか。
すると、横で話を聞いていた山田が、俺にとある確認をしてきた。
「加茂さんに渡してたミトンって手作りなの?」
「ああ、うん。手作り100%」
「そっかぁ……」
俺が答えると、桜井さんはその答えでよかったのか、フラフラとした足取りで加茂さん達がいる方に戻っていった。
「何だったんだ……?」
「赤宮……お前、生まれる性別違ったら今頃すげーモテてると思う」
「何で……?」





