加茂さんへの誕生日プレゼント(後編)
「…………(ぐでぇ)」
「今日もお疲れ」
放課後、加茂さん宅でのテスト勉強が終わり、力尽きるように机に突っ伏している加茂さんに労いの言葉をかける。
すると、彼女は顔だけ上げて、体は起こさずに手だけ動かしてボードに文字を書いた。
『赤宮君もお疲れ様
今日もありがとね』
「ん、どういたしまして」
「…………(にへぇ)」
加茂さんは脱力感のある笑みを浮かべる。そんな彼女に、俺は聞いてみることにした。
「今日、何かしてほしいこととかあるか?」
「…………(きょとん)」
加茂さんは俺の質問に呆然となった後、視線を上へ向けながら頬に指を当てて考え込み始める。
少し唐突過ぎただろうか。とはいえ、今日は彼女の誕生日。プレゼントを渡しただけで終わらせたくないという気持ちがある。
誕生日の今日ぐらいは、俺はテスト勉強を休んでもいいと思っていたのだ。一応、そのつもりで一日分の余裕を考えて勉強を教えていたから。
だけど、今日もテスト勉強をしようと言ってきたのは加茂さんだった。
『何でもいい?』
加茂さんはボードで確認を取ってくる。その確認が少し怖く感じるものの、今日の俺は腹を括っている。
「俺にできることなら、何でも」
許可を出すと、加茂さんはボードで指示を出してきた。
『目つぶって』
「……はい」
初手から視界を封じられる。
これで加茂さんがボードに何を書こうが分からない。視覚情報が一切無い……が、逆に、これから加茂さんが何をするのか、ある程度の予想はできてしまった。
――間もなくして、肩を掴まれ、首に彼女の唇と思しきものが触れる感触があった。
「…………(あむ)」
「っ」
それで終わるかに思えたが、加茂さんはそのまま俺の首を甘噛みのように咥えてくる。これはもしかして、痕を付けようとしているのではないだろうか。
加茂さんに痕を付けたことはあっても付けられたことはない。痕を付けるなら金曜日にしてほしい……そんな我が儘は、修学旅行前にやってしまった俺に言う権利はないだろう。とりあえず、明日は絆創膏確定か。
「…………(はみはみ)」
……全然痛くない。というより、かなりくすぐったかった。
「加茂さん、痕の付け方分かってる?」
「…………(ばっ)」
目を開けて訊ねてみると、加茂さんは素早い動きで身を引いた。顔は真っ赤で、口がわなわなと震えている。
「首元咥えられたら、目瞑ったままでも何しようとしてるのかぐらい分かるから」
咥えられていた部分を掻きつつ、加茂さんの反応的に聞かれそうだったことを先に答えた。
あれでバレないと思っていたらしい加茂さんは、自分の口元を両手で覆っている。そんな彼女に今度は俺から近づき、首の皮を軽くつまむ。
「…………(びくっ)」
「痕付けたいなら、ちゃんと吸わないと付かないと思うぞ」
「……っ……」
俺は首をつまんでいるだけで、くすぐっているつもりはない。にも関わらず、必死に体に力を入れて堪えている様子の加茂さんを見て思った。
「加茂さんってくすぐり苦手?」
「…………(こくり)」
手を離して訊ねると、加茂さんは控えめに頷く。
前から不意に彼女に触れた時とか、やけに驚いたような反応を見せることが多かった。だから、もしかしてとは思っていたがやはり苦手らしい。
……ここでこちょこちょなんてしたら、流石に怒られるか。
「じゃあ、仕切り直してもう一回、どうぞ」
今日のところは芽生えた悪戯心を抑えて、加茂さんがやりやすいように体の向きを斜めにする。
すると、加茂さんは俺の首元に顔を近づけ、そっと口付けてくる。
「…………(ちうちう)」
やり方は合ってるとは思う。今度は吸われてる感覚がある。ただ、少し弱いように思えるのは気のせいだろうか。
暫くして、彼女の顔が離れた。
『できない』
やっぱり痕は付けられなかったらしい。不思議そうに小首を傾げて、再チャレンジし始める。この調子だと少し時間がかかりそうだ。
今日、テスト勉強の場所を加茂さん宅にしたのは正解だったな。こんなこと、教室だったらできなかっただろうから。
▼ ▼ ▼ ▼
大体、十五分ぐらいだろうか。長い格闘の末、ようやく私は赤宮君の首に痕を付けることに成功した。
桃ちゃんが言うようにゾクゾクはしないけれど、私の物って宣言している感覚は分かる気がする。言葉にできないけど、何か……良い。
『時間かかってごめんね』
「いいよ、気にしなくて」
もう19時を過ぎていて、赤宮君は荷物をまとめて帰り支度をしている。
……それが寂しく感じてしまって、今日ならもしかしたら許されるんじゃないかと思って。
『夜ご飯
食べていかない?』
私は、我が儘を言った。
明日も学校があるから、泊まってほしいとは言えない。それでも、もう少しだけ一緒に居たかったから。
「ごめん、今日はもう母さんが家で夕飯作ってるから」
――そうだよね。
『そっか』
今日はいろんなものを貰って、させてくれて、嬉しい思い出を作ってくれた。だから、これ以上はいけない。分かってる。
「それじゃあ、また明日」
「…………(ふりふり)」
その後は少しぼーっとしてしまって、赤宮君と過ごせる残り少ない時間がいつの間にか過ぎ去り、気づけば玄関先まで出て赤宮君を見送っていた。
赤宮君の背中が見えなくなるまで見送り、家の中へと戻る。
「光太君帰った?」
「…………(こくり)」
お母さんに聞かれて、頷く。
「……楽しかった?」
「…………(こくり)」
頷く。
今日はとても幸せな誕生日を過ごせた。心の底から、そう思っている。
その筈なのに、私は欲張りになってしまった。"足りない"と思ってしまう自分がいるのだ。
赤宮君は精一杯私を祝ってくれた。
新しい料理を教えてくれるための手袋をくれた。嬉しかった。ケーキも頑張って作ってくれたらしい。とても美味しかった。キス痕も、付けさせてくれた。
これ以上は望み過ぎだって分かるから、欲張りになってしまった自分が嫌になる。
「九杉、ちょっとリビングで待っててくれる?」
「…………(きょとん)」
自己嫌悪している私にお母さんが言ってきた。
何だろう。サプライズプレゼントでもあるのかな。気になりつつも、私はお母さんの言う通りにリビングで待つことにした。
でも、リビングのどこで待っててほしいとは言われていないので、限りなく廊下の近くでお母さんを待つ。気になるものは気になるのだ。聞き耳を立てるぐらい許してほしい。
すると、お母さんの声が聞こえ始めた。誰かと電話してる……?
――インターホンが鳴った。
こんな時間に誰だろう。不思議に思いながら画面を見て、そこに居た人物に驚いてしまった。
「ハッピーバースデー、九杉」
そこに居たのは、海外に居る筈の私のお父さんだった。
▼ ▼ ▼ ▼
加茂さんに夕飯に誘われた時、本音を言えば断りたくなかった。
今日は家で母さんが夕飯を用意してくれているのは本当の話だが、理由を話せば、加茂さんの誕生日だから特別にと許してくれると思う。それぐらい、最近は母さんとの関係も修復している。
彼女の、俺に気を遣わせないように誤魔化している笑みが忘れられない。あれは結構キツいものがあった。
それでも断ったのは、俺と里子さんの二人で計画した最後のサプライズプレゼントのためだった。
「今頃、驚いてるかな」
里子さんには帰らなくてもいいと言われたが、遠慮した。彼氏としての挨拶もしたかったが、それはまた別の機会でいい。
普段なかなか会えない分、沢山話して、沢山祝ってもらって、家族水入らずの大切な時間を楽しんでほしかったから――。





