加茂さんへの誕生日プレゼント(前編)
――12月1日。その日がついにやってきた。
「九杉、誕生日おめでとう」
「…………(わーい)」
昼休みになり、教室に来た神薙さんが加茂さんに誕生日プレゼントを渡す。
神薙さんからの誕生日プレゼントはオレンジ色のペンケースと、持ち手の部分に花が入っているというお洒落なボールペンだった。
「九杉のペンケース、最近くたびれてきてたから。ハーバリウムのボールペンはおまけね」
『ありがとう
ボールペンかわいい』
「喜んでもらえてよかったわ」
加茂さんは嬉しそうにボールペンを眺めていて、そんな彼女の反応に神薙さんは目を細めている。
あの花のやつはハーバリウムと言うらしい。俺にあんなお洒落なプレゼントは思いつかなかった。流石は女子。
「…………(ちらっ)」
神薙さんに感心していると、加茂さんから控えめながらも期待が込められた目を向けられる。
「?」
「光太の番だぞー」
その視線の意味が分からない神薙さんは小首を傾げ、分かっていた秀人は俺を急かしてきた。
「赤宮君、まだ九杉にプレゼントあげてないの?」
秀人の言葉を聞いて、加茂さんの視線の意味を理解した神薙さんは驚いたように俺を見る。
実はそうなのである。諸事情により、俺はまだ加茂さんにプレゼントを渡していなかった。
「まあ、プレゼントがプレゼントだからな。俺もこれから渡すつもり」
「昼休みまで渡せないプレゼントって何だよって話だけどな」
「……確かに朝は渡せないわね」
不思議がっている秀人に対し、俺が用意した誕生日プレゼントを唯一知っている神薙さんは理由を察したらしい。
「鈴香、光太のプレゼント知ってんの?」
「ええ、先に聞いてるから」
「俺にも教えろよ」
「お前はうっかりで口滑らしそう。雰囲気が」
「雰囲気が!?」
というのは冗談で。秀人もそこまで口は軽くないと信用はしている。
言わなかった理由は特にない。単純に、わざわざ話していなかっただけである。
「…………(わくわく)」
「それじゃあ、まず一つ目」
「あ、一つじゃないのね……」
「紙袋でかっ」
二人に突っ込まれる。神薙さんに話したのはあくまでプレゼントのうちの一つで、俺が持ってきた誕生日プレゼントは二つあった。
「最初はこれ」
「…………(ぱちくり)」
紙袋から一つ目の誕生日プレゼントを取り出し、加茂さんに手渡す。彼女はそれを受け取り、目を瞬かせた後、俺に確認してきた。
『大きい手袋?』
「調理用のミトン。耐熱皿……グラタン作る時の皿とかレンジから取り出す時に火傷しないように着けるやつ」
加茂さんが料理をし始めたのも俺が教え始めてからということもあり、やはり調理関連の道具が彼女の家にまだ揃い切っていない。
そして、もう12月だ。この先、教える料理も冬の定番メニューを教えるとなるとミトンは必需品になる。
『ありがとう
うれしい』
「よかった」
黄色に紺の星が散りばめられた柄のミトンは、加茂さんのお気に召してくれたらしい。
好きな柄が分からなくて実はパジャマの柄を参考にしたのだが、喜んでくれたようで安心した。
「それがプレゼントなら朝でもよかったんじゃねーの?」
「それだけならな。次のが理由……というか本命」
俺は紙袋の底に入れていた箱を取り出して、加茂さんの机の上に乗せた。
「それ、もしかして」
「ケーキ」
「だよな!? あー、だから昼休み?」
俺が持ってきたケーキを見て、秀人も理由に納得したらしい。
朝に渡しても流石に食べられない。食べるにしても昼休みまでおあずけ状態になってしまう。一応テスト前なので、そんな理由で授業に身が入らなくなるのは不味い。だから、昼休みまで渡せなかった。
……正直言えば、ケーキだから本当は放課後の帰り道にでも渡して家で食べてもらうのが一番良かったのだが。
今日の午前中、加茂さんはそわそわと落ち着かない様子が続いていて、多分、誕生日プレゼントが気になってしまっていたのだと思う。そういう部分が彼女らしくて、可愛いなぁとは思うけれど。
つまるところ、どちらにせよ彼女が授業に身が入っていなかったから、俺も昼休みに渡してしまうことにしたのだった。
『開けていい?』
「勿論」
中身が気になって仕方ない様子の加茂さんにGOサインを出す。加茂さんは箱を開けて中身を見て――。
「…………(ぱあああ)」
――目を輝かせて、花が咲いたような笑みを溢してくれた。
「どれどれ……マジか」
「……思ってたのと違う」
しかし、加茂さんに続いて箱の中身を見た秀人と神薙さんは、加茂さんの反応とは真逆の感想を示すように顔を引き攣らせた。
「見た目、割と頑張ったんだけど……何か変か?」
「いや、まあ、そこは変ではねーよ?」
「私、ケーキ作ってくるって聞いて、持ってくるのカットケーキ想像してたんだけど……」
「あ、そこか」
どうやら、二人ともケーキの見た目が悪くて顔を引き攣らせた訳ではなかったようだ。
これでも一番小さい4号サイズなのだが、確かに一人分にしては大きいかもしれない。
「ん? ちょっと待て鈴香」
「な、何?」
安堵の息を吐いていると、秀人が待ったをかけて神薙さんの方に確認を取り始める。
「今"ケーキ作ってくるって聞いた"って言った?」
「え、ええ」
「手作りかよ!? クオリティたっけえなおい!」
俺が作ってきたことを知って秀人は驚愕しているが、これ、褒められてるって認識でいいのだろうか。
俺が作ってきたのはベイクドチーズケーキだ。御厨さん曰く一番簡単なケーキというのがこれで、三週……実質三日というかなり短い期間で教えてもらうということもあって、このケーキになった。
『お店のケーキみたい』
「まあ、箱はバイト先から貰ったやつだから、見てくれのクオリティは割と高く見えるのかもな」
「高いっつーか、店で売ってるやつと遜色ねえぞ」
「言い過ぎだろ」
秀人が過剰に褒め倒してくるが、横に並べたら流石に見劣りしてしまうと思う。
『今食べていい?』
「いいけど、皿が無いんだよな……」
「お困りのようだね、赤宮君」
「その声は――」
声の方を見れば、一体いつから話を聞いていたのか仁王立ちしている西村さんが。
如何にも助け舟を出してくれる感満載の彼女は、何も言わずにくるっと踵を返して自分の席に戻る……いや何しに来たんだよ。
「んで、結局どうすんだ?」
「お弁当箱の蓋を皿代わりにするとか……?」
「まあ、それしかないか」
「…………(こくり)」
「待って待って待って待って! あるから! お皿あるから!」
「「「え?」」」「…………(きょとん)」
再びケーキの皿をどうするか話し始めた俺達に、西村さんは慌てて待ったをかけてくる。
そして、自席の机の横にかかっている袋から紙皿を取り出し、俺に渡してきた。
「これあげるから使って!」
「あ、ありがとう。でも、何で紙皿持ってる……?」
「ふっふっふ、こんなこともあろうかとね! それじゃあ、ごゆっくり〜」
西村さんは紙皿だけ渡して、昼食を共にしているらしい別グループへとニヤニヤしながら戻っていった。
一体どんな想定してるんだよと突っ込みたくなるが、おかげで皿問題が解決できた。西村さんに感謝しながら、チーズケーキを箸を使ってカットケーキサイズに切り分ける。
この時点で、加茂さんは緊張する俺を一瞥することもなく、ケーキに目が釘付けになってしまっていた。
「召し上がれ」
切り分けたケーキを箸でどうにか紙皿に乗せて、加茂さんの前に出す。
既に自分の箸を構えていた加茂さんはケーキが自分の前に置かれるや否や、待ってましたと言わんばかりに一口目を食した――。





