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【本編完結済】加茂さんは喋らない 〜隣の席の寡黙少女が無茶するから危なっかしくて放っておけない〜  作者: もさ餅
いつまでも、ずっと隣で

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神薙さんと日没の密談

「とりあえずはこれでいいか」


 放課後、即行で加茂さん宅を訪問することになった俺は、冷蔵庫の中の対処を終えて一息つく。


 幸か不幸か、加茂さんの家は冷凍庫はよく使われているものの、冷蔵の方はあまり物が入っていなかった。そのため、被害も少なく対処も消臭用の重曹を設置するだけで済んだ。

 因みに、冷蔵庫内の消臭の仕方に関しては俺も知らなかったので、母さんにライナーで聞いた。母さんの知恵袋様様である。


〔ありがとう〕

「いや、一人で練習するの許した時に教えなきゃいけなかったよな。遅くなってごめん」


 余り物の基本的な保存方法とか、料理する上で絶対に必要な知識なのに失念していた。

 多分、加茂さんは今までもラップをかけずに余り物を入れてしまっていたのだろう。昨日、冷蔵庫開けた時に変な残り香がした時点で気づくべきだった。この対処でどうにかなるといいが……祈るしかない。


「加茂さん、冷蔵庫の中に置いた重曹だけど、間違っても調味料で使わないようにな」

『流石にしない』

「ならいいけど」


 念のための忠告をすると、加茂さんに"失敬な"とでも言うような視線を向けられた。

 杞憂で済めばそれに越したことはないのだが、未だに砂糖と塩を間違えることあるからな……その勢いで間違えそうで怖い。でも、まあ、砂糖と塩は冷蔵庫の中に入ってないから流石に間違えないか。


「赤宮君って、九杉の家の冷蔵庫の中まで管理してるのね……」


 今日は部活が休みの神薙さんも加茂さん宅に来ている。といっても、遊びに来た訳ではない。


「管理って程じゃないけどな。こっちもそろそろ始めるか」

「…………」

「露骨に嫌そうな顔するんじゃない」


 気が重そうな加茂さんの両肩を後ろから掴み、既に始めている神薙さんがいるテーブルの方へと押していく。

 何を始めるのかというと、冷蔵庫の件がなければ教室でやろうと予定していたもの――テスト勉強だ。




 * * * *




「…………(ばたん)」

「……あ、そろそろ終わるか」

「え? ……ああ、もうこんな時間」


 加茂さんが力尽きるように突っ伏して、時計を見ればもうすぐ19時。神薙さんも時計を見ていなかったのか、時間に驚いている。


「今日はどうする? うちで食べてく?」

「いえ、俺の家はもう母さんが作ってると思うので」

「私も、大丈夫です」

「そう?」


 俺達が勉強している間に、里子さんも家に帰ってきていた。

 俺達が断ると、里子さんは少し残念そうにする。せめて簡単な何か作っていくか?と一瞬考えたが、今の加茂さんの家の冷蔵庫の中に材料が何も無いことを思い出した。素直に諦めてもらうしかない。


「それじゃあ、加茂さんまた明日」

「九杉、また明日」

〔また明日〕


 俺達の声に、加茂さんは声で返してくれた。




 加茂さん宅を出て、帰途につく。歩き始めて間もなくすると、十字路に着いた。


「それじゃ、私こっちだから」

「ああ」

「え、ちょちょちょ、ちょっと待って?」


 神薙さんが指差す方向に歩き出すと、神薙さんは慌てた様子で俺の前に立ち塞がってくる。


「ん?」

「ん?じゃないわよ。駅向こうでしょ」

「知ってる。でも、家まで送るから」


 何かと思えばそういうことか。そういえば、送るって言ってなかったな。


「別にいいから」

「いや、もう暗いし危ないだろ」


 季節的にもうすぐ冬の訪れを迎えるため、日が沈むのも段々と早くなってきている。

 今日も、加茂さんの家を出た時には既に暗かった。こんな夜道を神薙さん一人で帰らせるつもりは毛頭ない。


「部活終わったらいつもこんなものだから慣れてるわよ」

「そうか? まあ、一応送られろ」

「……折れるつもりないでしょ」

「そりゃまあ。神薙さん送らなかったら秀人に怒られそうだし」

「分かったわよ……」


 神薙さんは諦めてくれたのか、俺の前に立ち塞がるのをやめてくれた。

 そして、止めていた足を再び動かし始める。すると、神薙さんはぽつりと呟く。


「赤宮君と二人って珍しいわね」

「確かにな」

「良い機会だし、言っておこうかしら」

「え、何を」


 一体何を言われるのか。改まった様子の神薙さんに身構える。


「九杉の声、聞かせてくれてありがとう」

「……ありがとうって……」

 

 神薙さんからの突然のお礼に、俺は戸惑った。何せ、内容が素直にどういたしましてと返せるようなものではないから。


「俺に言うのは違くないか」


 俺は別に、加茂さんに喋ってほしいと言った訳じゃない。加茂さんは自分の足で前に進んだのだ。

 だから、その件でお礼を言われるとモヤモヤしてしまう。俺は何もしていないのだから。


「何言ってんの。違くないでしょ」


 しかし、神薙さんに呆れた風に言い切られる。


「赤宮君がいたから、今の九杉があるのよ」


 そんなことない……その言葉が頭に浮かんでも、浮かんだだけ。


「そうだったらいいな」


 代わりに口から零れたのは、加茂さんの力になれているのなら嬉しいという穏やかな感情だった。


「九杉、最近頑張り過ぎてるから。言われなくても分かってるでしょうけど、お願いね」

「ああ、任せろ」

「頼もしくなったわね」


 今まで頼もしく見えなかったのか……いや、うん。確かに、あまり頼もしくはなかったかもしれない。正直、今も怪しいところではあるし。


 ……というか、神薙さんも分かってたんだな。

 今の加茂さんは、録音を使って少しずつ自分の声で会話することに慣れようとしている。それは言い換えれば、自ら進んで荒療治を受けているようなものだ。


 土日休みを挟んだ月曜日の今日でも、精神的な疲労は回復しきれていないように見えた。

 何も言わなかったら、加茂さんはこのまま続けるのだろう。だから、何か考えた方がいいとは思っている。


「で、話は変わるんだけど」

「うん?」

「赤宮君、来月初めに何があるか忘れてないわよね」

「加茂さんの誕生日」

「覚えてるならよし」


 忘れられる訳がない。加茂さんのことだから当然だ。

 それに、俺は成長した。ハロウィンの時とは違うのだ。念のため、大きなイベント事がある日付にも全て印をカレンダーに付けている。もう加茂さんに寂しい思いはさせない。


「プレゼントはもう決めたの?」

「……今週次第だけど、作り上げてみせる」

「何作ろうとしてるの……?」

「ああ。実は――」


 加茂さんへの誕生日プレゼントの内容を教えると、神薙さんは驚きながらも俺を応援してくれた。

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