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【本編完結済】加茂さんは喋らない 〜隣の席の寡黙少女が無茶するから危なっかしくて放っておけない〜  作者: もさ餅
いつまでも、ずっと隣で

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加茂さんの声

「おはよう」

「お、噂をすれば」

「おはよう。今日は珍しくギリギリだね?」


 俺達が教室に着くと、朝練を終えた山田や桜井さんは既に教室に来ていた。

 というのも、加茂さんの家の前で結構な時間を潰してしまっていたのである。


「今日はゆっくり歩きたい気分だった」


 まあ、時間を潰してしまった理由が理由なため、正直には答えず適当に誤魔化すのだが。


「そうなんだ……あ、二人とも今日提出の課題やってきた?」

「俺はやってる……秀人もしかして忘れた?」


 桜井さんの確認に答えつつ山田の前の席を見やると、珍しく静かに机に向かっている秀人の背中が見えた。


「課題あるの忘れて遊んでたっぽい」

「……ん? おお! 光太やっと来た! 課題写させろ!」

「断る」

「チクショー!」

「ほらな? だから言っただろ」


 秀人の縋るような頼みをばっさり切り捨てれば、山田が俺がこう答えると分かってたのか秀人に呆れていた。

 何か理由があるなら別に見せてもいいが、遊んでただけらしいしな。自業自得だ。


 ……本当に間に合いそうになかったら見せてもいいけど、もう少し一人で頑張らせておこう。


「加茂ちゃんは? やるの忘れたなら私の見る?」

「ズリィ! ってか、桜井加茂さんに甘くね!?」

「気のせいだろ」

「山田は桜井に甘いんだよ」


 そういえば、加茂さんはどうなんだろう。

 ふと隣を見れば、彼女は鞄とボードを机の上に置いている。そして、片手にはスマホが――。


〔おはよう〕


 ――彼女の声が、教室内で流れた。




「い、今のって」

「加茂さんの声……か?」


 間近でその声を聞いた桜井さんと山田は驚き、戸惑っている。それなりの音量だったこともあり、教室内も途端に騒つき始める。


 そして、俺もまた、加茂さんの行動に驚きを隠せないでいた。

 俺はこの行動について何も聞いていない。まさか教室で、俺以外に自分の声の録音を聞かせるなんて思わなかった。朝の"おはよう"は、俺のために録ってきてくれただけだと思っていた。


『宿題はやったよ』


 その後、加茂さんはボードを使って桜井さんに答える。しかし、その表情は固い。

 桜井さんはというと、加茂さんの音声が余程衝撃だったのだろう。加茂さんから返答が返ってきたのにも関わらず、呆けて固まってしまっている。


「…………(ふりふり)」

「……ぁ、ご、ごめんね。びっくりしちゃって」


 加茂さんが顔の前で軽く手を振ると桜井さんは我に返ったが、動揺は抑えられていない。


「確認するけど、今の加茂さんの声だよな?」

「…………(こくり)」

「……はー、これが加茂さんの声かぁ」


 山田は純粋に、初めて聞いた加茂さんの声に驚いているようだった。


 ――そんな山田の確認を皮切りに、皆、次々と加茂さんに挨拶をしに来た。

 いつもならわざわざそんな事しないというのに、物珍しさからだろう。


 加茂さんも、こういう反応になるのは予想していたのだと思う。勢いに押されつつ、挨拶しに来た人達一人一人に()()()返していた。




 * * * *




「加茂ちゃんまた明日ー!」

「加茂さんも赤宮もまた明日」

「加茂さんじゃあねー」


〔また明日〕


 放課後も、加茂さんは自分の声の録音を使っていた。しかも、俺ですら知らない録音を。

 放課後だけじゃない。休み時間中、〔ありがとう〕という録音も聞いた。


 そして、ようやく訪れた放課後。二人きりでの下校。


「神薙さん凄かったなぁ……」

「…………(あはは)」


 昼休みを思い出して俺は遠い目になり、加茂さんは苦笑する。


 加茂さんの声を聞いた神薙さんは、人目も(はばか)らずに大泣きして、加茂さん抱き締めて……もう落ち着かせるのにとにかく大変だった。

 まあ、今までずっと身近で見守ってきて、録音とはいえ、嬉しい気持ちはよく分かる。だから、落ち着かせるというより、ほぼ神薙さんが勝手に落ち着くのを待っていただけなのだが。


「…………(ぴたっ)」

「……加茂さん?」

「…………(ぎゅっ)」

「っと」


 駅を通り過ぎた辺りで加茂さんは急に立ち止まると、俺の胸に顔を埋めるような形で抱きついてくる。


「……お疲れ様」


 そんな彼女の頭に手を置いて、労わるように軽く撫でる。


 やっぱり、平気な訳じゃなかった。加茂さんは変わっていない。ただ、頑張っているだけだった。

 続々と加茂さんに挨拶しようとする人が出てきた時は、流石に止めようと思った。声を貶すような人はいなくても、皆、距離の詰め方が急激だったから。でも、止めなかった。


「見てたよ。頑張ったな」


 "見ててほしい"と言われたから。朝のお願いはきっと、そういう意味だったのだと思う。


「…………(すりすり)」


 加茂さんは甘えるように頭を擦りつけてくる。駅を過ぎて人通りの少ない所に来た途端にこれなので、かなり限界だったことが窺える。

 ……俺も、彼女が素直に甘えてくれるうちに存分に甘やかそうかな。


「加茂さん、今日って帰って予定ある?」

「…………(きょとん)、…………(ふるふる)」

「じゃあ、ちょっと寄り道してもいい?」

「…………(ぱあっ)、…………(こくこくっ)」


 俺の提案に加茂さんは表情を明るくさせる。まだどこに行くとも言ってないんだけど。

 本当、可愛いな。表にオーバーな感情が出てるところもそうだけど、俺と一緒に居ることを嬉しく思ってくれているのがよく伝わってくる。疑う余地もない。


「加茂さん」

「…………(きょとん)」


 改めて、宣言する。


「ずっと見てるから」


 今日、加茂さんは十分頑張った。それでも、加茂さんは明日も頑張るのだろう。日を重ねて、今日以上にもっと頑張っていくのかもしれない。

 正直、今はまだ無茶に思えてしまう。だけど、無茶を無茶でなくするために、加茂さんはこういう形で頑張っていくと決めたのだ。俺は、一番近くでそれを見守っていきたい。


 ――そんな彼女の成長とも呼べるものに、少し寂しさも感じてしまっている。

 独占欲だろうか。彼女の声が、俺だけのものでなくなるような感覚を覚えてしまう。元々、誰のものでもないというのに……こんな自分の卑しい感情が嫌になる。


「…………(がしっ)」

「うおっ」


 不意に加茂さんに首に手を回され、顔の近くまで引き寄せられる。


「ぁりがと」

「――」


 そして、彼女は俺の耳元で囁いた。


 ……もう少しだけ、()()()は俺だけのものと思うことを許してほしい。

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