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【本編完結済】加茂さんは喋らない 〜隣の席の寡黙少女が無茶するから危なっかしくて放っておけない〜  作者: もさ餅
いつまでも、ずっと隣で

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加茂さんのおはよう

 月曜日、今日は加茂さんの家から二人で登校する約束をしていた。

 インターホンを押すと里子さんが応答。暫く待って、玄関ドアが開く。


「おはよう」

「…………」

「……?」


 いつもはボードを使って顔文字も付け足された"おはよう"を俺に伝えてくれているが、加茂さんの手にはボードがない。

 まだ書いていないだけというのなら分かるが、それを取り出して書こうとする素振りも見せない。しかも、俺を見て表情が固くなったような……。


「俺の顔に何か付いてる?」

「…………(ふるふる)」

「……なら、昨日、何かあった?」


 加茂さんの固い表情に思い当たるものを挙げるなら、その一つしかなかった。


 本当は、昨日の夜に話を聞きたかった。だけど、流石に自重した。

 今日、登校の約束をしたのも加茂さんが心配だったから。もしも昨日上手くいかなくて、加茂さんが自分を責めてしまっていたらと思うと、不安だった。


「…………(ふるふる)、…………(にこっ)」


 しかし、加茂さんは首を横に振り、俺に向けて微笑む。

 とても無理して笑っているようには見えない、どこかスッキリしたような表情だった。


「そっか。よかった」


 加茂さんは昨日、ちゃんと室伏と話せたらしい。それが分かって俺は心の底から安堵し、同時に不思議に思った。加茂さんの最初の表情の固さは何だったのだろうか。


「……まあ、とりあえず学校行くか」


 気にはなるものの、もし何かあれば加茂さんの方から話してくれると思う。そう思って、俺はひとまず登校を優先しようと加茂さんを呼ぶ。


「…………(ぎゅっ)」

「っ……加茂さん?」


 加茂さんがこちらに歩いてきて、俺が体の向きを変えようとしたところで彼女に腕を掴まれた。

 依然、加茂さんの片手にはスマホが握られている。未だにボードを鞄から取り出す素振りは見せないが、俺に何かを伝えようとしていることは分かる。


 スマホを握っているということは、メッセージが送られてくるのだろう。だから、予め自分のスマホを取り出しておこうと制服のポケットに手を伸ばす。




〔おはよう〕


 ――加茂さんの声が聞こえて、手が止まった。




「…………(にっ)」


 視線を戻せば、加茂さんは少し固い表情のまま笑いかけてくる。


〔おはよう〕


 そして、再び声が聞こえてくる。

 そこで俺はようやく、その声が加茂さんからではなくスマホから出ていたことが分かった。だけど、それは確かに加茂さんの声だった。


 加茂さんが、録音だとしても自分の声を俺に聞かせてくれた。その事実だけで、胸の奥底から込み上げてくるものがある。

 不安が無くなったという訳じゃないのは顔を見れば分かる。それでも、加茂さんは変わろうとしている。頑張っている。


「…………(じっ)」


 加茂さんは黙って俺を見つめてくる。まるで、俺に何かを期待するように。

 おはようと言った後に期待するものといえば、これしかないだろう。


「その録音、貰っていい?」

「…………(ぱちくり)」

「……ごめん、間違えた。おはよう、加茂さん」


 つい、自分の欲望が先に出てしまった。

 加茂さんに挨拶を返すと、彼女はようやくボードとペンを鞄から取り出し、文字を書いてこちらに向けてきた。

 

『だめ』

「駄目かあ」


 ボードに書かれたのは、俺の欲望への返答だった。

 前に加茂さんのおやすみボイスを貰えたからこれも貰いたいなぁと思ったのだが、駄目らしい。正直かなり残念ではあるが、無理を言って困らせたくはないのでここは大人しく引き下がるしかない。


 そう思っていたら、加茂さんはボードで続けて言ってきた。


『これから毎日

 聞かせてあげるから』

「え、本当に?」

「…………(こくっ)」


 加茂さんは強張った表情で力強く頷く。


「む、無理はしなくていいからな?」


 毎日声を聞かせてくれると言われて驚きと嬉しさで即聞き返してしまったが、いきなり毎日宣言なんてして本当に大丈夫だろうか。覚悟決めた顔になってるし、また無理をしようとしてる気がする。


『代わりにって訳じゃないけど

 今日、お願いしてもいいかな』


 不安が隠せない俺に、加茂さんは改まった様子で頼んでくる。


「ああ、俺にできることなら」


 不安を一旦飲み込んで、加茂さんに応える。"代わりに"なんて言葉が無くても、加茂さんのお願いは聞くつもりだけれども。

 そして、加茂さんからのお願いはお願いと呼べるかも分からないものだった。


『見ててほしい』

「……?」


 俺はいつも加茂さんを見ている。加茂さんから目を離したことはない……は言い過ぎだとしても、お願いなんてされなくても見ているつもりだ。


『お願い』


 しかし、加茂さんにとっては大事なことらしく、念押しのように再度俺に頼んできた。


「分かった」


 俺はその言葉の意味をはっきり理解しないまま、彼女のお願いを引き受けた。


〔ありがとう〕

「――!」


 不意打ちのように返ってきた音声に驚かされ――感極まった。


「加茂さん、俺からもお願い」

「…………(へ?)」


 俺は返答を待たずに、加茂さんを抱き寄せる。


「少しでいいからこうさせてくれ……」

「――!?(ばたばた)」


 彼女は俺からの急な抱擁に驚き、もぞもぞと落ち着かない様子で体を動かす。しかし、俺が離さないでいると、彼女も程なくして俺の背中に手を回してくれた。

 そして、俺達は暫く抱擁を堪能した後、ようやく学校に向かうのだった。




 この朝だけでも驚かされっぱなしの俺だったが、この日は学校に着いた後も更に彼女に驚かされることになる――。

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