加茂さんとプランB
加茂さんから連絡を受けた俺は、その救援要請に返信する。
[プランBだ]
[プランBとは!?( ゜д゜)]
秒で返信が来た。返信する余裕はあるのかと感心しつつ、俺はトイレに立て籠るのを中断して外に出る。
「…………」
「…………(おろおろ)」
「お、光太。腹の調子は?」
「治った」
空気はあまり良いとは言えない状況だった。
神薙さんは無言で秀人を睨み、加茂さんは彼女を抑えようと腕を掴んでいる。秀人はトイレから出た俺に声をかけてくるが、困り顔だ。
これからすることは決まっている。加茂さんに宣言した通り、プランBだ。
……と言っても、今考えたばかりの即興案。この作戦の前提条件に、"加茂さんにアドリブで話を合わせてもらう"が含まれる。
「二人とも、奇遇だな」
「…………っ、…………(ふりふり)」
予想外の事態に対する動揺から、加茂さんは返事にワンテンポ遅れる。しかし、俺の言葉の意味を察して、後から俺にちゃんと手を振ってくれた。
「奇遇ね、赤宮君」
問題はこっちだ。
微笑を浮かべる神薙さんの目は、笑っているようで笑っていない。不機嫌を隠すつもりはないらしい。
だが、この程度では臆さない。俺はその不機嫌に気がつかないフリをして、二人に訊ねる。
「二人はどこにいくんだ?」
「駅の近くにあるカフェよ。珍しく九杉が行きたいらしいの」
「お、マジか。俺達も丁度そこに行く予定なんだよ」
「……え?」
神薙さんが固まる。そして、秀人が後ろから話に参加してきた。
「光太の行きたいところってそこだったんだ」
「男一人だと入りづらくてな」
適当に理由をでっち上げ、俺はプランBの要石になる提案を持ちかけた。
「どうせなら四人で行くっていうのはどうだ?」
これぞプランB、"偶然を装って合流してしまおう大作戦"だ。
「…………(ぽんっ)」
加茂さん、成る程と感心するんじゃなくて話を合わせてほしい。
視線を送れば、彼女はハッとした顔になる。そして、ボードに文字を書く。
『いいね!(^ ^)』
「二人もいいか?」
加茂さんの返事を見てから、俺は残りの二人に問いかけた。
「俺はいいけど……」
秀人は戸惑った様子だが、嫌がってはいない。むしろ、様子を窺うように横目で神薙さんを見ている。
「私、帰る」
神薙さんが駅の方向に踵を返そうとすると、既に加茂さんが回り込んでいた。
『鈴香ちゃんも一緒がいい』
「っ……」
加茂さんはホワイトボードに書いた文字を神薙さんに向けながら、彼女をじっと見つめる。すると、神薙さんはその押しの強さに、あからさまに狼狽えた。
「……はあ。九杉がそこまで言うなら、仕方ないわね……」
そして、渋々だが、神薙さんも一緒に来てもらえることになった。
加茂さん効果、絶大だった。流石は加茂さんに過保護なだけある。
ぶっちゃけると、この作戦は加茂さん効果頼りでもあった。しかし、こうも作戦通り上手くいってしまうと、逆に驚いてしまう。
――それから、そのカフェまで四人で歩き始めた。
「ねえ、何で赤宮君が九杉の隣なの」
「俺と加茂さんがその場所を知ってるから」
「片方でいいじゃない」
「案内二人の方が確実だろ」
「確かにそうだけど……」
現在、前を俺と加茂さん、後ろに秀人と神薙さんといったように、二人ずつ並ぶように歩いている。
そして、神薙さんからはそれについて指摘された。しかし、その指摘は予測済みだったため、予め考えていた言い訳で言い包める。
後ろの空気が重いのは見なくても分かる。何故なら、会話が一切聞こえない。
ここで秀人が神薙さんに話を切り出してくれれば楽なのだが、難しいのだろう。やはり、落ち着いた場所が必要だ。
隣を歩く加茂さんが、俺に苦笑いを見せる。俺も同じ反応を彼女に返し、目的地まで歩みを進めた――。
そうして着いたのは、駅の近くの小さな喫茶店。窓から中を覗くと、お客さんは少ない。
中に入ると、店員に四人席まで案内される。俺と秀人、加茂さんと神薙さんで並んでそこに座ると、メニューを渡された。
そのメニューに目を通して、しばらくしてから俺は皆に声をかける。
「飲み物は決まったか?」
「アイスコーヒー。あ、俺は砂糖要るから」
「……私もそいつと同じ」
『キャラメルラテ!
冷、砂糖付き!』
「分かった。すみませーん――」
店員を呼んで、俺達は飲み物を注文する。
そして、店員が注文を受けて去った後、沈黙が流れた。
その沈黙を断ち切るように、俺がまずは口を開く。
「ごめん、秀人。俺、やっぱりまだ腹痛いからもう一回トイレ行ってくる」
「え、おい、光太?」
秀人は戸惑い、神薙さんは目をぱちくり。加茂さんは驚いた顔で俺を見ている。
「ごめん……いたた……(ちらっ)」
「…………(はっ)」
俺は加茂さんに視線を一回送る。
加茂さんが何かに気づいたことを確認し、俺は腹が痛い演技をしながらトイレに向かった。
「ふぅ」
トイレに入り、鍵は閉めずにトイレ入口の手洗い場の鏡の前で一息吐く。
それから、スマホをポケットから取り出してライナーを開く。そして、秀人に[さっさと謝れ]と送信した。
秀人がスマホを見るかは分からないが、あの様子だと沈黙に耐えきれなくなるのも時間の問題だ。そうすれば、きっとスマホで時計を見る。
「……来たか」
「…………(ぶいっ)」
少し遅れてから加茂さんもトイレに来て、俺にドヤ顔でピースする。良かった。俺の視線の意味を察してくれたらしい。
不安はあった。あの場を抜け出す際の理由だ。でも、こうして加茂さんも抜け出してこれたので、第一段階はクリアと言ってもいいだろう。
ライナーのトークを確認すると、秀人の既読が既に付いていた。
「後は二人次第だな」
「…………(こくっ)」
俺は秀人を信じている。神薙さんも、加茂さんを置いて帰るような真似はしないと信じている。
だから、こうして機会を設ければ、絶対に二人で話してくれる筈。
狙い通りに動いてくれることを祈りつつ、既読がついてから10分を目安に、俺達はトイレで待つことにした――。
※トイレに居座るのは他のお客様の迷惑になるので、良い子の皆様は真似しないようにしましょう。





