月曜日の約束
いつもと変わらない、いつもよりも短く感じた土日明けの登校日。
「おはよう」
『おはよう
\(๑╹▽╹๑ )/』
声と文字。いつもと変わらないように見える朝のやり取り。
「何か、テンション高い?」
朝の挨拶と顔文字が描かれているのはいつものことだが、加茂さんの雰囲気がいつもよりご機嫌のように思えた。
何の根拠もない。ただ感覚的にそう思えただけで、俺の気のせいの可能性もあるが……。
「…………(えへへぇ)」
否定もせずに顔を緩ませている加茂さんを見れば、気のせいではなかったらしい。
「良い事あった?」
『昨日楽しかったなって』
「……さいですか」
特別良い事があった訳ではなく、昨日の来店を思い出していただけだった。
加茂さんには悪いが、俺としては嬉しいよりも恥ずかしくて忘れたい記憶である。昨日は恐れていた通りに、加茂さんが帰った後に和哉にうざ絡みもされた。
「…………♪」
とはいえ、るんるん気分の加茂さんに水を差す気にもなれず、恥ずかしさを除けば俺も加茂さんが来てくれたのは嬉しかったのは事実。
「……はぁ」
だから、この気持ちは彼女に聞こえない程度の小さなため息に留めておいた。
「…………(はっ)」
「ん? どうした?」
「…………(えーっと)」
緩んだものから表情が変化した加茂さんに訊ねてみれば、加茂さんは困ったような表情を見せる。
『何でもないです』
「…………」
そして、返ってきたのは謎の誤魔化しだった。
俺は彼女の頬を無言でつまむ。すると、彼女に目を逸らされる。どうやら黙秘を貫くつもりらしい。
柔らかい頬を軽く引っ張ってみると、引っ張っている方向に彼女の顔が移動する。
今度は動かないように反対側の頰もつまんだ。すると、彼女は驚いたように目を見開き、無言で訴えかけてくる。
「じゃあ、言う?」
「…………(すーっ)」
「分かった」
「…………(うー!?)」
俺が両頬を引っ張り始めると、加茂さんは俺の両腕を掴んで引き剥がそうとしてくる。まあ、相変わらず力不足な加茂さんが俺を引き剥がせる筈もなく、自分で引っ張っている分、余計に頰が伸びたりしているのだが。
……それにしても柔らかいなぁ。久々に触った。世の中には握るとぶにぶに枝豆が飛び出るストレス発散グッズというものがあるが、それを超えてくるレベルの癖になる感触だ。
「…………(うるうる)」
「……ごめん」
加茂さんの目が潤んできたことに気づいて手を離すと、彼女は自分の頬を挟むように触る。少しやり過ぎたかもしれない。
「話しにくいこと?」
加茂さんの誤魔化し方的に、俺の知らぬ間に何かやらかしたのかと予想していたが、勘違いなら悪いことをしてしまった。
最近、加茂さんが文字で言わずとも、彼女の考えていることが理解できるようになってきた。
しかし、それは俺の思い上がりで、できるようになったつもりになっていたのだろうか。
『たいしたことじゃないんだけど
だからはずかしいというか』
「……うん?」
内心焦っていた俺に、加茂さんはボードをこちらに向けてきていた。
そのボードに書かれた内容と加茂さんのあまり深刻そうに見えない、恥ずかしがっているような表情。それらを目にした俺は首を傾げ、加茂さんはそんな俺に話してくれた。
『昨日、かみ変えるの
忘れてた』
「かみって……髪型?」
「…………(こくり)」
加茂さんの髪型はいつも変わらない。肩にかかる程度の亜麻色髪を下ろしているシンプルなものだ。
前髪が乱れたりした時はピンで前髪を止めたりすることもあるが、それもごくたまにである。髪を結っている姿は見たことがない……あ、でも。
「ハロウィンの日、髪型編み込んでたな」
俺が加茂さんの家を訪れた時、彼女の前髪が編み込まれていたことを思い出す。
手間がかかってそうな髪型で加茂さんにしては珍しいなと思ったが、あの編み込みはよく似合っていた。もしかして、加茂さんはあの編み込みのことを言っているのだろうか。
『おしゃれして
行くつもりだった』
期待、していたのだろうか。
『その目やめて』
「俺はいつも通りだぞ」
『うそだよね!』
いじらしくも愛らしい加茂さんについ顔が緩んでしまう俺に、彼女は頬を仄かに赤く染めながらジト目を向けてくる。
それが照れ隠しなことは明らかで、その反応が尚更愛らしく感じさせた。
そういえば、先週は言ってなかったような気がする。
教室にはまだ人が少ない。彼女に伝えるなら今のうちだろう。
「加茂さん」
「…………?」
「あの編み込み、よく似合ってた。可愛かった」
「…………(ぱちくり)」
「だから、また今度見せてくれたら嬉しい」
「…………」
顔が熱くなるのを自覚しながら、言い切る。
「…………(ぷしゅう)」
――対して、加茂さんは熱に耐え切れずにショートしてしまった。
* * * *
『来ないね』
「……ああ」
もうすぐ朝のチャイムが鳴る。それにも関わらず、西村さんはまだ登校してきていない。
加茂さんはそわそわと落ち着かない様子だ。いや、加茂さんだけじゃない。
「桃、西村から何か連絡来てるか?」
「ううん、来てない」
山田から聞かれた桜井さんは首を横に振る。二人も西村さんのことを心配していた。
「昨日は来るって言ってたんだけど……」
「昨日?」
「うん。昨日、詩穂と遊びに行ったんだ」
「そっか……」
外に遊びに出かけられる程度には元気のようで、少し安心した。
「なら、来るだろ」
そんな俺達の話が聞こえたのか、秀人が話に入ってくる。
秀人は俺達と違って西村さんを心配している様子もなく、彼女が学校に来ることを疑っていないようだ。
「そう、だよね。信じなきゃね」
「こういう時、石村の能天気さが羨ましくなるなぁ」
「喧嘩売ってんのか?」
空気が弛緩する。
秀人も能天気に言っている訳ではないだろうが、一切の不安もなく疑いもしていないと簡単に言ってしまえる真っ直ぐさは、羨ましくもあり見習いたくなる部分でもある。
――しかし、チャイムは鳴ってしまった。
「……鳴っちゃった」
チャイムが鳴り終わった後、佐久間先生が教室に入ってきて出欠を取り始める。その際、西村さんの席を一瞥していた。
俺や秀人、加茂さん、桜井さんと出欠確認は進んでいき、ついにその時がやってきてしまう。
「西村……は居ないな。誰か聞いてるか?」
教室内が少し騒つく。先生は俺達の方を見てくるが、俺達も何も聞いていないので首を横に振るしかできない。
「……そうか。じゃあ――」
そう、先生が出欠確認を再開しようとした時だった。ガラガラと、教室の戸が勢いよく開かれた音が後ろから聞こえたのは。
先生の心なしか安堵したような表情。後ろを振り向き始める皆に釣られるようにして俺も振り向いた。
「ぜぇ……はぁ……おはようっ……ございますっ……!」
走ってきたのか、肩で息をしている西村さんは絞り出すように先生に挨拶する。
「ギリギリセーフってことにしといてやる。早く座れ」
「え、嘘、間に合った? 電車で遭遇したカップルに釣られて二駅降り過ごしかけたけど我慢してよかったぁ……!」
「そこは一駅も降り過ごすなよ」
佐久間先生のごもっともな突っ込みにより、教室内が笑いに包まれる。そんな中、西村さんは息を整えながら俺達の方を見た。
「おはよ!」
――いつもと変わらぬ明るい笑顔で、先週交わした約束を守ってくれた彼女に俺達も返した。
「おはよう」
『おはよう!
\(๑╹▽╹๑ )/』





