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【本編完結済】加茂さんは喋らない 〜隣の席の寡黙少女が無茶するから危なっかしくて放っておけない〜  作者: もさ餅
いつまでも、ずっと隣で

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加茂さんの来店

 彼女の家に泊まるという一大イベントが終わりを迎えた。


 加茂さんの頑張りが母さんに通じ、母さんは俺と加茂さんの関係をほぼ認めてくれている。里子さんとも親しくなってくれて、俺と加茂さんの関係を阻む障害のようなものはもう無くなった。

 結局、俺は何もしていない。今回の件は加茂さん一人の力で母さんを説得したと言っても過言じゃない。本当に、強くなったな思う。言っても素直に認めてくれなさそうだけど、加茂さんは着実に前に進めている。


 加茂さんの最終目標に近づくための次の目的も定まった。

 そして、彼女は次も自分の力で乗り越えようとしている。多分、俺に甘えたくないんだと思う。俺としてはもう少し自分に甘くしてあげてほしいのだけれど。


 でも、まあ、これが彼女自身の希望だから。彼女の意思を尊重してあげたい。

 その上で俺も、俺にできることはさせてもらうつもりだ。そのために彼女に時間を貰ったのだから。




 ……と、この話は一旦置いといて。俺が考えなければならない事はもう一つある。


「…………」

「赤宮」

「…………」


 日曜日、和哉の店でのアルバイト二日目。初日が人手不足&盛況だったこともあり、それに比べると考え事もできてしまう程度には忙しくない。

 貯まっていた洗い物を片付けながら、考える。それは来月初めにある、決して忘れられない俺にとって大事な日。


 ――耳元でカンカンと金属音が鳴り響いた。


「うえっ!?」

「周りの音シャットアウトし過ぎ」

「す、すみませんっ」


 横を見れば、ボウルと泡立て器 を持った御厨(みくりや)さんが呆れ顔で立っていた。


「手は止まってないみたいだからいいけど、赤宮はもう少し周りの音聞こうか」

「はい……気をつけます」


 御厨さんの注意はもっともだ。初日ほど大変じゃないと油断してしまっていた。


「じゃあ、残りは俺が片付けとくから休憩入っていいよ」

「え?」

「え?じゃなくて。もう2時だから」


 時計を見ると、既に14時を過ぎていた。もうこんな時間だったのか。


「ほら、代わった代わった」

「あ、はい……」


 半ば強制的に流し台の前から押し出されながら、俺はつい考え込んでしまっていた事で一つ思いつく。


「あの」

「ん? ああ、お昼のまかないはそっちに作って置いてるから休憩室行く時それ持ってって」

「いえ、その事じゃないんですけど……まかないありがとうございます」

「あれ、違った? 何?」


 手際良く残りの洗い物を片付けながら訊ねてくる御厨さんに、俺は相談してみることにした。


「参考として聞きたいんですけど、誕生日って何貰ったら嬉しいですかね」


 俺のもう一つの考え事というのは、加茂さんの誕生日についてである。

 12月1日。その日までもう一ヶ月を切っている。にも関わらず、俺はまだ彼女の誕生日プレゼントを決められずにいた。


「それって相手は彼女?」

「な、何で分かったんですか」

「赤宮、彼女いるって先週聞いたし。俺にそんな相談するぐらいだから、何となく」


 俺はあくまで誕生日プレゼントについて聞いていただけで加茂さんの事は一言も話していない。しかし、御厨さんには見透かされていた。

 彼女へのプレゼントで悩んでるなんて気恥ずかしいから言いたくはなかったのだが、バレてしまったのなら仕方ない。


「彼女へのプレゼントって何がいいんですかね……?」

「開き直ったね」

「誤魔化してまで隠すことじゃないので」


 相談する相手が和哉ならともかく、御厨さんだ。開き直って素直に聞いてみると、答えてくれた。


「俺の場合は去年も今年も気合い入れてケーキ作って、小物のおまけ付けて渡した」

「ケーキ……」


 御厨さんらしい回答だなと思う。

 ケーキは誕生日に欠かせないものだ。先週食べさせてもらったかぼちゃのケーキは、また食べたいと思うぐらいには美味しかった。御厨さんが作ったケーキなら、御厨さんの彼女さんもきっと喜んでくれるんだろうな……。


「……そういえば、御厨さんって彼女いたんですね」

「うん。まあ、できたの去年だし経験浅いから大したアドバイスはできないけど」

「先輩って呼んでもいいですか」

「話聞いてた? っていうか、そんな理由で先輩って呼ばれるの嫌なんだけど」


 尊敬の意を込めて呼称を変えようとしたら拒否されてしまった。残念。


「赤宮君いるー?」


 すると、この店の従業員の一人である倉田(くらた)さんがキッチンに顔を出して俺を呼んできた。


「はい? 何でしょう」

「あ、いた。これから休憩入るところ悪いんだけど、赤宮君にお客さん」

「お客さん……?」


 誰だろう。そう思って少し考えて、まさかと思ってしまう答えがすぐに出た。

 この店で俺が働いていることを知っている知り合いは母さん以外、数人しか知らない。その数人の中の一人は、今週は来ると言っていなかったと記憶しているが。


「すみません御厨さん、俺行きますっ」

「いってらっしゃい」


 嫌な予感がして御厨さんに一言断って早足でキッチンを出ると、その予感は見事に的中した。


「光太の彼女さんでしたか」

『加茂 九杉です

 いつも赤宮君に

 お世話になってます』

「これはご丁寧に。僕は青城(せいじょう)和哉(かずや)。光太の従兄弟です」

「…………(ぺこり)」


 お互いに挨拶をしている光景に、俺は頭を抱えたくなった。


「あ、光太……そんなしかめっ面してどうしたんだい?」

「……何でもない」


 ニヤニヤが隠しきれていない和哉に内心ため息を吐く。

 室伏ほどではないが、加茂さんにあまり会わせたい相手ではなかった。


「油売ってないで仕事しろよ」

「仕事だよ?」

「……俺が対応するから」

「光太はこれから休憩だろう? それに、もう注文は承ってるよ。あ、良かったらまかないここに持ってきて食べたらいいよ! 持ってくるね!」

「おい」


 話を勝手に進めるな。そう口に出しかけた頃には既に厨房へと戻っていて。

 加茂さんが座っている向かいの席に腰掛け、彼女を見るとボードをこちらに向けていた。


『来ちゃった』

「……うん、いらっしゃい」


 大方、先週は来れなかったから今週来たといったところだろう。来るなら一言言ってほしかったが、まあ、いいか。


「何かごめんな、あいつが勝手に話進めて。ここで食っていい?」

「…………(こくこく)」

「ありがとう」


「はい、光太」


 裏の厨房からまかないを持ってきた和哉は、ニコニコの表情の中に未だにニヤニヤを隠しきれていない。何だこいつ。


「何か加茂さんに変な話してねえだろうな」

「してないしてない。邪魔するのも悪いから、後は若い二人でごゆっくり」


 そう言って、和哉はウザい表情を変えることなく席を離れていった。


「はぁ……」


 深いため息が出る。主に後でウザさが増しそうだなぁという憂鬱の類の。加茂さんが店に来ることでこうなるのは予想していたが、結構、精神的に疲れるな……。


「…………(とんとん)」

「――えっ」


 机を叩く音が聞こえて正面を見れば、ボードに書かれていた文字に少し驚いてしまった。


『ごめんね』

「何で加茂さんが謝るんだよ」

『お店来ない方が

 よかった?』


 ああ、そういう風に見えてしまったのか。突然の謝罪文に何事かと思ったが、今のは俺の態度が悪かった。


「加茂さんが来てくれたのは嬉しいよ。先週来れなかったから来てくれたんだろ? ありがとうな」

「…………(えへへ)」

「……ただ、次来る時は先に言ってほしいなぁと」

『ごめんなさい』

「いいよ」


 これに関しては俺も先に言っておかなかったから仕方ない。

 さて、突然来た件についての話はこれぐらいにしよう。休憩時間も限られている。


「じゃあ、お先にいただきます」

「…………(こくこく)」


 加茂さんに一言断ってから、今日のまかないのガーリックライスに手を付け始めた。

 うん、美味い。遅めの昼食になって腹が減っていたのもあるとは思うが、まかないでここまで美味しいのは御厨さんの腕もあるだろう。本当、尊敬する。初日から株が上がりっぱなしだ。


『おいしそうだね』

「実際美味い。あ、この店、味はかなり期待していいぞ」

『楽しみ』


 加茂さんはわくわくしながら注文が来るのを待っている。


「…………(ちらっ)」


 時折、こちらのガーリックライスにも視線を向けながら。


「一口いる?」

「…………(ぎくっ)」

「いや、食べたそうにしてるから」


 加茂さんは何でバレたのみたいな顔でこちらを見てくるが、バレバレだ。大変分かりやすい。加茂さんの良いところだと思う。


「はい」

「…………(きょとん)」


 俺はスプーンで一口分を掬って加茂さんに差し出す。加茂さんは呆然とした表情でスプーンを見つめている。言葉が足りなかったか。


「あーん」

「…………(ぼふんっ)」


 俺の一言で俺がやろうとしていることを理解した加茂さんは、沸騰したように顔を真っ赤にして固まってしまった。

 別にこっちも恥ずかしくない訳ではないが、こういう反応を見ると可愛いなと思う気持ちが勝つ。


「……………………、…………(あむっ)」


 かなり長い間を経て、加茂さんがスプーンを咥えた。


「こちら、日替わりスイーツAセットの飲み物になります」

「「っ!?」」

「それでは引き続きお熱い二人でごゆっくり〜」


 加茂さんはスプーンから口を離した時には、倉田さんはドリンクを置いて別の人の接客へと行ってしまった。

 加茂さんに夢中で近づいて来ていたことに全然気づかなかった。今のやり取りをガッツリ見られてしまっていたことが恥ずかしくて、顔が熱くなる。


 口に含んだガーリックライスをもぐもぐと咀嚼している加茂さんも、真っ赤な顔のまま。口だけ動いているが、すっかり放心状態だ。

 会話が途絶えて、重苦しくはないが大変居た堪れない沈黙が流れる。俺が何か喋らなければ。そう思って絞り出した一言は、残念なものだった。


「…………味の、ご感想は」

「…………(びくっ)」


 加茂さんは俺の声に反応し、机の上にボードを置いて手を動かした。


『わかんない』

「そっか……」


 俺は学んだ。バイト先の店で"あーん"はしてはいけないと。

『もう一口もらっても

 いいでしょうか』

「……あーんはできないけどどうぞ」

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