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【本編完結済】加茂さんは喋らない 〜隣の席の寡黙少女が無茶するから危なっかしくて放っておけない〜  作者: もさ餅
いつまでも、ずっと隣で

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止まない声

 私が居なければあんな事は起きなかった。そう思ってしまう出来事は一度や二度じゃない。中学生の頃にあった事故も、その一つ。


「俺は西村さんを恨んでない」


 あの時の病室の彼と今の赤宮君が、重なった。


「……やめてよ」

「やめない。西村さんが分かってくれるまで、俺は何度でも――」

「やめてよ!」


 自分自身で思っていたよりも大きな拒絶が、トンネル内に響く。


 赤宮君の言葉は真っ直ぐで、現実から目を逸らさない強さを感じられるものだった。

 それにも関わらず拒絶をしたのは、私が現実に向き合えない弱い人間だから。


 そして、赤宮君が彼と重なるから。

 私のせいで大怪我をして、それなのに私を見て「無事でよかった」なんて安堵するように言ってきた優しい彼と重なるから。


「綺麗事言わないでよ……!」


 その優しさに、私の弱い心は抉られた。


「本当は恨んでるんでしょ? 本当は憎くて堪らないんでしょ?」

「恨んでないし憎くもない」


 私が問いかけても、赤宮君は同じ回答を繰り返す。


「だって、赤宮君のお父さん殺したの私なんだよ!?」

「西村さんのせいじゃない」

「私のせいだよ!」


 否定されるのが分かっていても、私は止まらない。止まれない。信じられないから。


「私が助けてって呼んだから! あの時呼ばなかったら、赤宮君のお父さんはきっと生きてた!」


 私は、私を信じられないから。


 私が赤宮君のお父さんを呼ばなければ生きていたかもしれない。もしくは、赤宮君のお父さんを呼んだのが別の誰かなら。

 それ以前に、私が両親の仲直りのために家族旅行なんて手段を使わなければ、あの事故は起きていなかったかもしれない。疫病神体質の私があの場に居たから、あの事故は起きてしまったのかもしれない。


「そうだよ。全部、私のせい……生きてたら、また迷惑かけちゃう。だから、私はやっぱり、生きてちゃ駄目なんだよ……」


 私のせいで周りが不幸になるなら、私なんか消えればいい。


「……まさかここに来た目的って」


 赤宮君は私がここに来た理由を、今まで分かっていなかったらしい。


「死のうと思った」


 そんな彼に、私は告げた。


「何で、この場所で」


 赤宮君は理由を聞いてはこなかった。ただ、この場所を選んだ理由を聞いてきた。


「そうだよね。死にたいなら、誰も知らない場所に行ってひっそり死んじゃえばいいもんね」

「そうじゃねえよ!」

「っ」


 いつもクラスでは落ち着いた雰囲気の赤宮君が、声を荒げた。

 初めて耳にした口調の変化。それに驚き(すく)んでしまった私に対して、加茂ちゃんは驚いていない。多分、加茂ちゃんはこの赤宮君を知っていたから。


「失わずに済んだ命を自分から捨てんなよ! 何のために父さんが……!」

「……ごめんね」

「っ、謝るぐらいなら最初からすんな!」


 トンネル内に響く赤宮君の怒声。

 赤宮君の言う事は全部正しい。私が全部間違ってる。私自身、理解してる。


「なら、自分からじゃなければいい?」

「……ぁ?」

「赤宮君が私を殺してくれる?」

「――――」


 私の言葉に、赤宮君は酷くショックを受けたような表情になってしまう。


 理解していても、私は正しく在れない。

 見つかりたくないなら誰も知らない場所に行けばいいのに、行けなかった。心のどこかで、誰かに見つけてほしいと思ってしまったんだ。独りが怖いから。


 自殺の方法だって、刃物は自分に向けられない。飛び降りも怖くてできない。だから、一番怖くない餓死なんて方法を選ぼうとした。

 だけど、それもこの場所を選んでいる時点で成功しないのは少し考えれば分かる。結局、私は死ぬのが怖いんだ。


「どうしようもない人間で、ごめんね」


 私は、矛盾だらけのどうしようもない人間なんだ。


「…………」

「……加茂ちゃん?」


 加茂ちゃんの手から、ボードとペンが落ちた。

 顔は俯いていて、表情が前髪に隠れてよく見えない。


「…………」


 そのままこちらに向かって歩いてきた加茂ちゃんは、壁を背に座っていた私の横まで来て立ち止まった。


「…………」


 私が見上げるぐらいまで近づいて、ようやく加茂ちゃんの顔が見えた。


「…………」


 その表情は、加茂ちゃんの怒りが伝わってくるものだった。


「……加茂ちゃんの大切な人、傷つけてごめんね」


 二人は自分勝手な私を迎えに来てくれた。

 そんな相手を、恩人の家族を、私はまた傷つけた。優しい加茂ちゃんが怒るのも不思議じゃない。


「…………(すっ)」

「っ」


 加茂ちゃんが拳を振り上げる。

 私は、目を瞑ってしまった。逃げる気も避ける気もないけど、痛いのも怖くて。


「……?」


 けれど、いつまで経っても想像していた痛みはやってこない。


「痛っ」


 代わりに、私の体は倒された。

 加茂ちゃんが倒れ込むようにして私に抱きついてきたことに、私は倒されてから気づいて少し驚いた。てっきり、頭を叩かれるのかと思っていたから。


 そして、更に驚かされた。


「許さない」

「――ぇ」


 私でも赤宮君でもない小さな声が、はっきり聞こえたから。




 ▼ ▼ ▼ ▼




 詩穂ちゃんの抱えているものの大きさを、友達の筈だった私は今になって知った。知って、私みたいな部外者が迂闊に口を挟めないと思ってしまった。

 私の一言で今の状況が悪化してしまう可能性があると思うと、怖くて動けなかった。だから、私は二人のやり取りを横で見ていることしかできなかった。


 目の前で苦しんでいる友達が居るのに、何もできない自分が悔しい。

 でも、何か言ってあげたくても、何を言えばいいのか分からない。どんな言葉をかけるのが正解なのか、分からない。


「どうしようもない人間で、ごめんね」


 分からなくても、体は動いた。


「加茂ちゃんの大切な人、傷つけてごめんね」


 限界だった。


「…………(すっ)」

「っ」


 近づいて拳を振り上げた私に対して、詩穂ちゃんは身構えるように目を瞑る。

 詩穂ちゃんが望んでいるのは、(これ)なんだと思う。それが分かってしまうのが、凄く悲しい。


 私はその拳を下ろして、膝をついて、詩穂ちゃんに飛びつくように倒れ込んだ。


「許さない」


 そして、私は私の意思で声を出した。

 詩穂ちゃんの口から吐き出される悲しい言葉を、私はこれ以上聞いていられなかったから。それを聞くぐらいなら、好きになれない自分の声を聞く方が何万倍もマシだと思ったから。


「そう、だよね……許せないよね……」

「うん」


 詩穂ちゃんの声に、声で答える。


「誰が言ったの?」


 それから、問いかけた。


「……誰……?」

「詩穂ちゃんが生きてちゃ駄目なんて、誰が言ったの?」


 詩穂ちゃんは言った。迷惑をかけるから、自分は生きてはいけないと。


「私、許さない」


 もしも、誰かに言われたのなら。


「詩穂ちゃんが生きてちゃ駄目なんて言う人が居るなら、私が許さない」


 友達が生きることを否定する誰かが居るのなら、私はその誰かを許さない。


「赤宮君でも、絶対許さない」


 それがたとえ、私の大好きな人だとしても。


「詩穂ちゃんでも、絶対許さない」


 目の前で苦しんでいる友達自身だとしても。


「許さない!」


 声の限り、私は叫んだ。

 トンネル内に私の声が響く。こんなに大きな声を発したのは中学一年生以来の事だった。


「……だか、ら……」


 いろんな理由が重なって、視界が(にじ)む。声が詰まる。

 今にも詰まって声が出なくなりそうな喉を、私は掴んだ。まだ、止まれない。まだ、伝えられていない。だから、まだ、声を出させてと、訴えるように。


「おね、がい、だか……」


 次第に激しくなっていく動悸が、いやにはっきりと聞こえてくる。息が切れる。今の自分の限界を感じた。


「……もう、無理しないで……」


 ――詩穂ちゃんの悲しげな声が、私の喉の詰まりをほんの少し緩めてくれた。もう少し頑張らなきゃと思わせてくれた。


「お願いだからっ」


 声を絞り出す。変に裏返ろうと構わない。


「そんな、悲しいこと、言わな、いで」


 私の思いを、喉の奥から絞り出す。


「私、詩穂ちゃんに、生きて、ほしっ……」


 だけど、もう限界だった。


「……ひっ……うっ……」


 涙が溢れて止まらなくなって、私はこれ以上、まともに言葉を発することができなかった。




 ▼ ▼ ▼ ▼




 加茂さんは泣き出してしまった。


「か、加茂ちゃん……泣かないで……」


 そんな彼女に下敷きにされ、涙に濡らされながら西村さんは狼狽えている。


「俺も、西村さんに生きてほしい」


 俺の話を聞いているどころではないかもしれないが、言わせてもらった。伝えそびれていた思いを。


「あと、肯定してあげてほしい」


 そして、願いを。


「……肯定って、何を……」


 西村さんから声が返ってくる。位置的に表情は見えないが、声からは困惑が伝わってきた。そんな彼女に、俺はお願いをする。


「西村さんは、あの崩落事故で自分のした事を肯定してあげてほしい」

「そ、そんなの……」

「家族が無事で良かったことまで否定しないでほしい」

「……あ……」


 やっぱり、気づいていなかったらしい。

 西村さんが助けを呼ばなければ、助からなかったのは西村さん自身だけではないことに。


 ――西村さんが助けを呼ばなければ、西村さんの家族も皆助からなかった。

 だけど、西村さんは俺に対する罪悪感のせいで、自身の行動によって救われた人のことを考えていなかった。不幸にした人のことしか考えられなくなって、悪い方ばかりを見ていた。

 それが分かったのは、西村さんがここに来た目的を打ち明けてきた時。西村さんが死んで、遺された西村さんの家族はどうなるか。少し考えれば分かる筈のことを、それすら考えてられない程に彼女は追い詰められていた。


「……西村さんはもっと自分を肯定していいんだよ」


 突然ポジティブになれというのも無茶振りだとは思うが、どうか西村さんは自分に優しくしてあげてほしい。

 いつも頑張り過ぎてしまう、今泣いている彼女と重なる部分があるからだろうか。言わずにはいられなかった。それに――。


「西村さんはちゃんと自分の家族を守ったんだから」


 ――俺や父さんにできなかったことができたのだから。


「だから、自分のした事全部を否定しないであげてくれ。家族のためにも、自分のためにも」


 俺達のためにも。


「……う……あ……ああ……あああああ……」


 トンネル内に響く泣き声は二つに増えて、暫く止まなかった。

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