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【本編完結済】加茂さんは喋らない 〜隣の席の寡黙少女が無茶するから危なっかしくて放っておけない〜  作者: もさ餅
いつまでも、ずっと隣で

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新しい朝

「日向、喜んでくれてよかったな」

「…………(こくっ)」

「……でも、事前に予告しておくべきだったかもな」

『かもね』


 修学旅行の振替休日が明けた朝。教室に戻りながら、日向の反応を思い出して二人で苦笑する。


 ――俺達はこの修学旅行で日向にお土産を買っていた。


 俺達と日向は偶然知り合って親しくなった関係だ。部活の先輩後輩という訳でもなく、今は会おうとしなければ基本会わない。

 だけど、部活に入っていない俺達にとっては特別な、たった一人の後輩。だからというか、つい可愛がりたくなる気持ちもあり、その延長でお土産を買ってあげたい欲が出てしまって。


 ……その結果、泣かれたのは完全に想定外だった。


「まさか泣くとは……」

『すごい焦った』


 俺達がお土産に買ってきたのは、鹿の頭にふさふさの尻尾が付いたキーホルダー。

 最初は生八つ橋のような食べ物系のお土産にしようと考えていたが、加茂さんがお土産屋でキーホルダーに一目惚れして、三人でお揃いにしたいと言い出したのだ。

 そうして買ってきたお土産を日向に渡すと、戸惑いはしていたが喜んでくれた。


 その後、お揃いの話をしたら泣かれてしまった。

 ――今更だが、俺と日向は色々あった特殊な仲ではある。だから、最初は泣くほどお揃いが嫌だったのかと思った。しかし、違った。


「ゔれじぐで……」


 まさかの嬉し泣きだった。泣くほど嬉しかったらしい。

 喜んでくれたのは良かったが、反応があまりにも大袈裟過ぎる。あれは本当に心臓に悪かった。


『詩音ちゃん

 かわいいよね』


 加茂さんは先程のやり取りを思い出しているのか、優しい笑みを浮かべながらボードに文字を書いている。


「…………」

「…………(じっ)」


 俺からの返答がなかったことが気になったのか、加茂さんはこちらを見てくる。

 恐らく同意を求められているのだと思う。しかし、加茂さんのその文の内容は、彼氏的には少し答えにくいものだった。


「どう答えるべきですかね」

『正直にどうぞ』


 返答に困った俺が訊ねると、加茂さんはボードに書いた。余計に困る解答を。


「…………(じっ)」

「……俺もそう思うよ」


 目で訴えかけられ、観念した俺は加茂さんの希望通り正直に言った。


『つまり?』


 しかし、加茂さんを納得させるには至らなかった。


「そこまではっきり言わなきゃ駄目?」

「…………(こくこく)」

「……可愛いと思う」


 俺は朝から彼女に何を言わされているんだろうか。


「後輩として、だからな?」

「…………(くすっ)」


 変な勘違いをされたくないので付け足せば、加茂さんはおかしそうに小さく笑う。そして、こんな事をボードに書いてきた。


『かわいい後輩だもんね』

「……もしかして根に持ってたりする?」


 "可愛い後輩"――そのワードは最近、ナンパ男達に絡まれてトラブルになった時に勢いで言った覚えがある。

 今振り返ると、いくら緊急時とはいえ別の言い方があったかもしれないと思う。加茂さん的に、あの発言は許せないものだったのだろうか。


「…………(くすくす)」


 ……悪戯っ子モードになっている加茂さんを見て、違うと確信した。俺の反応で遊んでるだけだ、これ。

 真面目に考えたのが馬鹿みたいに思えて少しムカっとしたので、俺も言葉で仕返すことにした。


「意地悪な加茂さんより、泣き出すぐらい純粋にお土産で喜んでくれた後輩の方が可愛いのは当たり前だと思うんだよなー」

「…………(えっ)」

「あーあ、悲しいなー。俺のこと嫌いなのかなー」

『ごめんなさい』

「うわっ」


 目の前にボードが飛び出してきて、思わず足を止める。

 ボードに書かれた謝罪の言葉を目にした後で隣に目を向ければ、加茂さんは泣き出しそうな顔で俺を見ていた。


「……俺のこと、嫌い?」

「…………(ぶんぶんっ)」

「じゃあ、好き?」

「…………(こくっ)」

「……それじゃあ分からないな」

「…………(えっ)」


 加茂さんの表情が固まる。俺はそんな彼女に期待して、待つ。


『好き』


 すると、加茂さんは頬を赤く染めながら、恥ずかしいのかゆっくりとした手付きで文字にしてくれた。


「俺も好きだよ」


 そして、俺も。

 "好き"という二文字の言葉を口にするのはまだ慣れない。未だに、どうにも顔が熱くなる。


 そのまま、加茂さんと目が合った。


「…………ふふっ」

「……はははっ」


 加茂さんが小さな声を出して吹き出し、釣られて俺も笑い出す。特別面白いことはないけれど、楽しい。


「あっ」


 そんな調子で教室の近くまで戻ってくると、この時間帯にしては珍しい人物の声が前方から聞こえてきた。


「西村さん? おはよう」

『おはよう!』

「お、おはよ!」

「今日早いな。何かあるのか?」


 西村さんはいつも時間ギリギリに登校してくる常連だ。しかし、今日は朝のホームルームが始まるまでまだ時間がある。俺達は今日、日向にお土産を渡しに行くのにいつもより早く学校に来たのだ。

 だから、この時間に登校してくるのは何か用事があるのかと思った。


「……えっと、赤宮君」

「俺?」

「うん……あの……その……」


 西村さんは急に歯切れが悪そうにしながら、加茂さんの方をチラチラと見ている。


『私いない方がいい?』


 それは加茂さん自身も気づいたらしく、ボードで訊ねる。


「……ちょっとだけ、赤宮君借りてもいい?」

「…………(こくっ)」


 加茂さんは頷き、ボードに文字を書いた。


『教室入ってるね』

「ああ」

「加茂ちゃん、ごめんね」

「…………(ふりふり)」


 加茂さんが軽く手を振って先に教室へと戻っていった。

 それを見送った後、俺は西村さんに問いかける。


「それで? どうした?」

「えっ……と」


 西村さんは一歩近づいてくる。

 突然の接近に驚いて、一歩下がろうとしてしまった足を俺は堪えて止めた。彼女の表情は珍しく真剣で、少し緊張しているようにも見えたから。


「赤宮君のお父さんって、今何してる人?」

「……父さん?」


 周りに聞こえないように配慮してか、小声で訊ねてきたのは俺の父さんについての話だった。

 西村さんが父さんの事を訊ねてくる理由は分からない。


「……お願い、教えて」


 どうして、そんな怯えたような目をしているのかも。


「父さんは、トンネル事故の時に死んでる」


 それでも、俺は事実を隠さずに伝えた。

 西村さんは酷くショックを受けたような表情を見せ――。


「ゔぇ……」

「西村さん!?」


 ――その場で吐いてしまった。






























 この日、西村さんは体調不良で早退した。

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